半袖グランプリ
意味不明でも続けたら一目置かれたお話。
小学生のときからずっと服を着るのがキライでした。
あ、言っておきますが変態ではございません😅。いや結果的にもしかしたら変態に近いのかもしれませんが(笑)、服はフツーに着ます。
書きたいことはただひとつ。
意味がなくても続けたことには意味ができる
です。
子供の頃から暑がりだった私は、小学5年のとき年中半袖半ズボンを貫きました。両親を含めたまわりからは
お前はぜったいおかしい!
と言われ続けました😅。ま、フツーに考えればそうでしょうね。春夏は置いといて、秋冬もずっとですから。
まわりへの説明はめんどくさいから笑、体育のときに半袖に着替えるのが面倒だから、の一つの説明で乗り切りました。
時は流れ、5年も終わろうとしていた早春のとき。
『あなた今日、全体朝礼でよばれるから、呼ばれたら壇上に上がってね』
と言われる。
は?😅、なんかしたか、おれ。
戦々恐々として言われるがまま集団の先頭に並ばされ、今か今かとビクビクしながら待ってた。すると、
『俺くんはこの一年間ずっと半袖半ズボンを通しました。みなさん、これはなかなかできることではありません。いいですか?薄着でいることは身体を丈夫にする第一歩です。無理はしなくていいけど、俺くんみたいに薄着でがんばりましょう!』
ははぁん、そういうことか。担任の先生に聞くと、どうやら校長先生が自分の半袖半ズボンにいたく感心してたそう。そして全校生徒に見習ってほしくて壇上にあげたのだと。ごめんねぇって笑ってた😅。
いいのですよ。いきなり何の心構えもなく壇上にあげられたことは(笑)。
ただ思ったのは、半袖半ズボンで年中過ごすだけという単なるヤセがまん的なしょーもないことでも、見てくれている人は見ているということ。
続けることが大切と知ることは、何を続けるかの意味よりも、続けたことが意味を生んでいくということを理解することに他ならない、ということ。
noteでもXでもなんでも同じです。
継続することに悩まれている方々。
続ける内容よりも、続けていることの方が意味が生まれていることを少しでも気づいていただけると,ご自身の振り返りにとても有効かなと思います😊
