第8話:静かな家で、お金のことを考える。
■2026年7月7日。
彼は新しい仕事である朝のゴミ出しを終え、とりあえずコーヒーを飲みながらスマホのニュースアプリをめくり始めた。しばらくすると息子が出かけ、妻も今日は仕事ということでバタバタと家を出ていった。娘はリモートワークということで自分の部屋へ向かう。
本来なら、この後から彼は独りぼっちの寂しいおじいさんになってしまうところだが、家族公認の“彼女”が傍にいてくれる。 一息ついたあと、彼はまた新しい仕事となる食器の洗い物を始めた。彼女の朝ごはんの食器も入れて五人分。朝食だけとはいえ、それなりの量だ。
最近の洗剤は凝縮タイプのコンパクトなものが多く、少量でさっときれいになるという宣伝文句。しかし彼の洗い方は違う。水は常に出しっぱなし。スポンジには大量の洗剤を含ませ、豪快にじゃばじゃばと洗っていく。終わるころには服のお腹あたりはすっかり水浸しになっていた。
一仕事やり終えた感はあるのだが……
ふと、長らく封印されている備え付けの食洗機に目が行った。「これは使い方を早々にマスターしなければ」と、彼は心に誓った。
■賢い彼女。
彼の彼女は三ヶ月のトイプードルだ。
今はゲージの中で過ごしているのだが、トイレとベッドは住み始めたその日から認識し、粗相は一度もない。もう少したってゲージから解放した時、この習慣が継続するかはまだ定かではないが、とりあえず同居する上での最大の難関は何ひとつ苦労なくクリアした。
また、彼がPCに向かい始めると、彼女は必ずベッドに向かい静かに睡眠に入る。
「わたしのためによく稼いできてね」と言われているような気もする。
既に会社員としての収入源を放棄した彼にその甲斐性はないが、「もしかするとこのPCが打ち出の小槌なのかも?」と、退職後の何となくラッキーな日々と合わせて考えると、そう思えなくもない。
「もう少ししたらキーボードを叩かせ、
『ここほれワンワン』でもしてみるか。」
トイプードルはボーダーコリーに次いで二番目に賢いと言われている。
そんな血筋もあるのかもしれないが、それだけではない何かを感じさせる彼の彼女である。
■「株価」
彼の今の悩みというか迷いは、NISA積立枠の使途である。個別株も単元株や端株で買うことができるらしいのだが、何かその枠のネーミングにしっくりこない。
一般的には「インデックス投信」が安全で、中でも「オルカン」や「日経225」あたりに積み立てていくのがセオリーだと言われている。数世紀前からの折れ線トレンドが示され、短期の浮き沈みはあるものの長期では必ず上昇すると説明される。予言くらいにしか思えない。
彼にはそのロジックがどうにも理解できなかった。
当たりの個別株が上昇するのは何となく理解できる。しかし、その詰め合わせパックともいうべきインデックス投信が未来に向けて伸長していく理屈。
■「信用創造」
彼はとあるきっかけでFPの国家資格を取った。経理部に長年所属していた彼はFP2級から始めてFP1級へ。それがきっかけでCFPⓇも取得したいと考え勉強していた時である。
彼はひとつの言葉に出会った。「信用創造」。
恥ずかしながら、彼はつい最近までこの言葉を知らなかった。中学の公民で触れるらしいのだが……
【ポイント】
1.銀行が貸し出すと、借り手の口座に新しい「預金(数字のお金)」が生まれる。 2.この預金は実際の現金ではなく、銀行が信用にもとづいて作り出した通貨。 3.貸し出しが増えるほど、世の中のお金の量も増える。
つまり「信用創造」とは、銀行が“未来への信用”を数字として形にする行為であり、その積み重ねが世界経済と株式市場を押し上げる。
一番シンプルにすると、
・信用創造が増える → お金が増える → インフレが起きる
・インフレが起きる → 現金の価値が下がる → 株式の価値が相対的に上がる
(付け足すと、インフレは“現金の弱体化”だが、企業は値上げで業績が上がるので株式は相対的に価値が上がる。)
確かに「株価」が上がり続ける理屈はあるようだ。
昨今騒がれている「インフレ」も腹に落ちる。
■「お金」の知識
生活に密着した「お金」の知識。 60歳を超え、入ってくるものがなくなり、増やす方法が見えない状況に身を置いてみて、ようやくわかり始めた気がした。
「ちょっと遅かったかな……」と思う反面、ようやく「金利のある世界」が本格的に動き出したタイミングに、たっぷり時間をつぎ込めることに幸せを感じる彼であった。
「ここから巻き返すぞ。」
