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Aiを相棒に。


最近、AIとの付き合い方について、よく考えています。

……と、いきなりまじめに始めていますが、本当はその前に「第2回・自分ラジオ企画」をやるはずでした。

第1回をやったあと、「よし、第2回もちゃんと続けていこう」と思っていたのですが、気づいたら少し横道にそれていました。横道というより、本人としては本道を歩いていたつもりなのに、いつの間にか畑のあぜ道に入っていた、みたいな感じです。

しかも最近は、AIにも「あなたは話が広がりやすいですね」と、やんわり怒られました。
AIにまで交通整理されるようになったら、いよいよ本格的です。

でも、これはこれで、自分らしいとも思います。

何かをきちんと続けようとすると、急に別の大事なことが気になってきます。第2回を録る前に、「そもそも自分はAIとどう付き合っていきたいのか」とか、「これからどんな仕組みを作っていきたいのか」とか、そういう根っこの部分が気になってしまいました。

第2回の自分ラジオ企画に取り組む前に、番組そのものの哲学を考え始める。
これは少し面倒くさいですが、たぶん私の通常運転です。

ChatGPTやClaudeのようなAIは、調べものをしたり、文章を整えたり、アイデアを出したりするときに、とても便利です。実際、少し前までは時間がかかっていたことが、驚くほど早く形になるようになりました。けれども、便利だからこそ、少し気をつけたいこともあります。

その場その場で質問して、答えをもらって、そこで終わりにしてしまう。そういう使い方でも、もちろんAIは役に立ちます。ただ、それだけだと、AIは「便利な道具」ではあっても、自分の経験や考えが積み上がっていく感じにはなりにくいのではないかと思うようになりました。

仕事でうまくいったことや、逆にうまくいかなかったこと。そのとき自分が何を考え、どう判断し、あとから振り返って何に気づいたのか。あるいは、誰かの投稿や考え方を読んで、「これは大事だな」と感じたこと。そういうものを、ただその場で流してしまうのではなく、自分の中に残していきたいと思っています。

そして、それをAIと一緒に使える形にしていきたいのです。

今、私が考えているのは、AIを「一回きりの相談相手」にしないということです。たとえば、仕事で何か困ったことがあったとき、その場でAIに相談すれば、かなり早く答えは返ってきます。けれども、本当に大事なのは、そのあとかもしれません。

なぜそこで困ったのか。自分はどう判断したのか。その判断はうまくいったのか、それとも別の方法があったのか。次に同じような場面が来たら、何を先に考えればよいのか。そういうことまで残しておけば、次にAIへ相談するとき、ただ一般的な答えをもらうだけではなく、自分の経験を踏まえた答えに少しずつ近づいていくように思います。

これは、学校の仕事でも同じだと感じています。

毎年同じように見えて、実は毎回少しずつ違います。行事、時間割、会議、先生方との調整、子どもたちの状況、保護者対応、急な変更など、表に出る仕事の後ろには、細かい判断や工夫がたくさんあります。しかも、その多くは文書として残りにくく、忙しさの中でいつの間にか消えていきます。

本当に、消えます。

「あれ、去年これどうしたんだっけ」と思ってファイルを開くと、きれいな完成版の資料は残っているのに、その資料にたどり着くまでの苦労や判断は、どこにも残っていないことがあります。完成した文書はすまして座っているのに、その裏で走り回った自分の記録はありません。そこが少しもったいないのです。

でも、そういう経験こそ、本当は大事なのだと思います。頭の中だけに置いておくと、時間が経つにつれて薄れていきますが、記録して、整理して、次に使える形にしておけば、それは自分だけの財産になります。

だから最近は、AIを使う前に、まず「自分の記憶の本棚」を作ることが大事なのではないかと考えています。

たとえば、Obsidianのようなメモの仕組みを使って、自分の考えや経験を少しずつためていく。そして、ChatGPTにはそれをもとに相談したり、整理したり、文章にしたりしてもらう。さらにClaudeには、別の視点から読み直してもらったり、抜けているところを見てもらったりする。

こう書くと、なんだか急に未来の仕事術みたいに聞こえますが、やろうとしていることは案外地味です。今日あったことを書く。うまくいったことを残す。失敗したことも、なかったことにせず、そっと机の上に置いておく。気になった記事や投稿も、ただ保存するだけでなく、「なぜこれが気になったのか」を少し書いておく。

要するに、「自分の考えの置き場所」を作りたいのです。

AIを一つの魔法の道具として見るのではなく、それぞれの役割を分けて使っていくことが、これからは大事になっていくのかもしれません。自分の記憶をためる場所があり、考えを整理する相手がいて、弱点を見つける相手もいる。そして最後に、それを文章や資料として形にしていく道具がある。そうやって全体を組み合わせていくと、AIは単なる便利ツールではなく、自分の仕事や人生を支える仕組みに近づいていくのだと思います。

もちろん、今すぐ大きなことを始める必要はありません。というより、最初から大きく始めようとすると、たぶん立派なフォルダだけ作って満足します。タイトルだけ強そうなノートが並び、中身は「あとで書く」になりがちです。これは危険です。

なので、まずは小さく始めるのがよさそうです。今日考えたことを残す。うまくいった仕事を一つ記録する。失敗したことも、自分を責めるためではなく、次に活かすために書いておく。気になった記事や投稿も、そのまま保存するだけでなく、自分はどこにひっかかったのか、なぜ大事だと思ったのかを少しだけメモしておく。

それだけでも、数か月後、数年後には大きな差になるような気がしています。

AIの時代だからこそ、自分の経験の価値は下がるのではなく、むしろ上がるのかもしれません。AIは一般的な知識をたくさん持っていますが、「自分が何を経験し、何を大事にしてきたか」は、自分が渡さなければわかりません。こちらが黙っていると、AIもさすがに「去年のあのときの、あの微妙な空気」までは察してくれません。

だからこそ、自分の経験や考えを残していくことが、これからのAI活用の土台になるのだと思います。

これから作りたいのは、単なるAI活用術ではありません。自分の経験をため、失敗も、気づきも、考え方も残し、それをAIと一緒に育てていく、自分専用のAI協働システムです。

まだ完成形は見えていません。けれども、方向は少し見えてきました。

そして、しれーっと飛ばしていた第2回自分ラジオ企画も、ここでようやく頭の中に戻ってきました。


……ということで、第2回、ちゃんと上げます。たぶん。


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