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[SS] 第二ボタン

「あーあ、今日で終わりかあ。」
「そうだなあ。」

卒業式が始まるまで、教室で待機。
窓から体育館を見ると、忙しなく扉を出たり入ったり。
下級生も順番に移動を始めている。

「なあ、お前泣く?」
友人の晶、冗談混じり。

「なんだ、それ。」
半分笑いながら返した。

「いやー、俺泣かない気がするんだよなあ。」
「確かに、お前泣かなそう。」
「なんだよそれ、デリカシーないみたいに言うなよな。」
「いや、お前が言ったんだぜ。」

ボーッと見回すと、いつも通りの教室。
みんな、いつも通り。
スマホで写真を撮っている女子。
ふざけ合って、プロレスしてる男子。
いつも通り、適当に話している俺達。

「おーい、行くぞ。」
担任が教室の前の扉から顔だけを出す。

「行くか。」
「そうだな。」
「あのさ。」
「ん?どした?」
「いや、、、。なんでもない。」
「なんだよ。」

晶にしては珍しい。
物事をはっきり言う晶にしては。

晶の腕を掴んだ。
「なあ、なんだって。」
「なんでもないって。」

「おーい。晶、武史。速くしろ。」
担任に名指しで注意された。

気にはなるが仕方ない。
後で聞けばいいか。

卒業式は滞りなく進む。
卒業証書授与。
校長先生から、一人一人。
送辞と答辞。

徐々に啜り泣き。
ハンカチ、袖口を目に。

そんな中
背筋を伸ばして前を見る晶。

「あー、終わった。」
感動はした、でも泣かなかった。
教室に戻って、大きく背伸びする。

最後の授業。
そして、俺たちの高校生活が終わった。

買い食いでもするかと、晶を探す。
見当たらない。

「晶知らん?」
「知らん。帰ったんじゃね?」
「そっか。」
まあ、明日でもいいか。
そう思って、カバンを持って立ち上がった。

廊下に出た。
写真を撮る女子。
先生と撮っている人もいる。

横目に校門へ。

晶の姿。
校門にもたれかかって立っている。

「おーい。」
手を挙げて呼びかけた。

「おーい、晶。」
ちらっとこちらを見てはいる。

「おいって。」
近づいて肩を掴む。

「あ、ああ。」
こっちを見ない。

ふと晶の制服を見る。
第二ボタンが無いことに気づく。

「お。お前、第二ボタン。」
「あ、ああ。」

どことなく、遠い。
空洞の様。
そんな声だった。

「なんだよ。モテるじゃんか。」
「そんなんじゃないよ。」
肩をツンツン。

晶は何も言わない。
いつもなら笑いながら返してくるはず。
なんか、ぎこちない。
距離感のある感じ。

「なあ、晶。たい焼き食いに行こうぜ。」
「あ、ああ。」
少しの間、気のない返事。

駐輪場。
晶は自転車のハンドルを掴んで
ボーッと立っている。

「晶!」
我に帰った様に、こっちを見た。

晶が先。
俺は後から。
フラフラしている。

80を超えるおばあちゃん。
趣味でやっていると言うたい焼き屋。
憩いの場所。
1匹100円、確かに趣味なんだろう。
まあ、味はそこそこ。

おばあちゃんは俺たちを見てニヤッと笑った。
「あんたら、今日で卒業だろ。サービスしてやるよ。」
皺だらけの顔が、さらにクチャクチャだ。

焼きたてのたい焼き。
店の横にあるベンチに並んで座った。

「晶、どうしたんだって。」
いつもなら二口で食べる晶。
今日はもそもそと尻尾から齧る。

「なあ。おい。」
大きく肩を揺すった。
いつもなら「何だよ!」なんて。

「なあ、武史。」
「どうしたんだよ、今日変だぞ。」
「あのさ。」
「このたい焼きじゃ元気でないよなあ。」

と、突然
目の前、晶の拳。

「な、何だよ。いきなり。」

晶はゆっくりと回転させながら
拳を開いた。

擦り切れたボタン。
年季の入ったボタンがそこに。

「なに、これ?」
「俺のボタン。」
「は?」
「これ、もらってくれないか」
「俺が?」
「そう....。」
「なんで?」
「なんでって....。」

小刻みに揺れるボタン。

少し掠れた声。
「あのさ。俺....。何でもない、これだけ受け取ってくれ。」
晶はたい焼きをベンチに置くと、自分の自転車に飛び乗った。
そして、走り去った。

手にはボタン。
晶の第二ボタン。

チリン。
店のドアが開いた様だ。
おばあちゃんが隣に座った。

「あの子、この間一人で来てさあ。さっきみたいにね。で、気になるから聞いてみたんだわ。」
「はい。」
「そうしたら、好きな人がいる。でも伝えていいのか悩んでる、ってねえ。」
「はい。」
「だから、卒業式に第二ボタンでも渡したらいいんじゃない、ってねえ。」
「え。」

手の中のボタンを見つめる。
急に重たく感じる。

今までの晶を思い出す。
バカ言って笑い合って、ふざけ合って叩き合って。
そんなそぶり、影も形も感じなかった。

俺はたい焼きの残りを口に放り込む。
自分の自転車に飛び乗った。

晶に電話をかける、出ない。
メッセージを送る、既読がつかない。
スタンプを連打した。

応答無し。

晶の家、まだ帰ってない。
駅前、いない。
公園、土手。
街を走り回る。

電話、出ない。
メッセージ、既読がつかない。
さらにさらにスタンプを連打する。

いない
どこにもいない。

息が切れてきた。
自転車を止めて、息を整える。
スマホが震えた。

電話。
急いで出る。

「晶!」
「図書館の屋上。」
「わかった、すぐ行く。とにかく行くから。」

電話を切って、走り出す。
立ち漕ぎ、全速力。
こっちの剣幕に歩いている人が避けていく。

図書館はこの街のすこし高台にある。
坂を全力で駆け上がる。
かなりきつい。

なんとか登り切って、図書館の前。
自転車、ガシャん。
放り投げる様に飛び降りて、外階段を駆け上がる。

屋上は一般に開放されている。
プラスチック製のベンチがいくつか。
それしかない。

晶だ。
学生服の背中が見えた。
他には誰もいない。

「晶!!!」
最後のスパート。

前に回り込む。
晶は、泣いていた。
声も出さずに、静かに。

「晶!」
「武史、ごめん。」
「ごめんじゃねえよ!」

なんとか息を整える。
少し眩暈、体がぐらつく。
倒れ込む様に隣に座った。

「ごめんな。」
「....。」

「ごめん。ボタンなんか、渡して。」
「....。」

「気持ち悪いよな、ごめん。すまん。」
「.....。」

お互いに顔を見ることのないまま。

「晶、いつからなんだよ。」
「いつからなんだろう、な。分からん。」

「そうかあ。」
「ふと、考えちゃったんだよな。気付いたって言うのかなあ。」

「ああ。」
「言わない、言っちゃダメだってな。」

「ああ。」
「でも、たい焼きやのおばあちゃんに、さ。」

「聞いた。」
「言ったのかよ、おしゃべりなんだなあ。」

「あの人に言ったら、筒抜けらしいぜ」
「ははは、そうなのかあ。」

「最後、最後くらいってなあ。思っちゃったんだよ。」
「....。」

「テロだな、これじゃあ。ごめん。すまん。」
「.....。」

「それ、捨ててくれていいからさ。ごめん。」
「.....。」

晶が立ち上がった。
俺はその手を掴んで引き戻す。

「待てよ。勝手だぞ、お前。」
二人で座る。

さっきまで聞こえなかった川の音。
近くを走る車の音。
そういう雑音が一気に耳に飛び込んでくる。

「武史、ごめん。」
掠れて、声になるギリギリ。
想いの全てが溢れて溢れて、こぼれ出した。
そんな声、だった。

「あのな!ごめんって言うなら、謝るなら。最初から言うな!」
空気がビリっと張り詰める。

今まで生きてきた中で一番、一番大きくて
多分、一番心をこめた、そんな気がした。

また、周りの音が耳に飛び込んで来た。
雑音で世界が支配される。

「….、晶。すまない、お前の気持ちには応えられない。」
「ああ。」
「お前は一番の….、親友、だ。」
「ああ。」
「すまない。」
「ああ....、いいんだよ。」

再び雑音で世界が支配される。
今までより大きい。

「晶、これからも友達でいよう、ぜ。」

一瞬音が消えた気がした。

「…..、ありがとう。」

手の中のボタン、熱くなった気がした。
針の様にチクチク、何かが刺さる様な気もする。

「晶、このボタンはもらっておくぜ。」
「….。」

「友情の証として、お前の勇気の証として。いいだろ。」
「ごめん、ごめんな。」

「もう、いいから。謝るなって。」
「….、ごめん。」
もう、言葉になっていなかった。
ただ、泣きじゃくる晶。

「この3年間、楽しかったな。また、たい焼き食いに行こうぜ。」
涙でぐしゃぐしゃで、言葉が話せない様だ。

突然、晶が俺の胸に顔を埋めてきた。
子供の様に大きな声で泣いた。
俺は、ただそれを見ているしかできなかった。
伸ばそうとした手、懸命に引き留めた。

そのまま、多分10分くらいだろう。
涙も止まり、気持ちも少し落ち着いた様だ。

「なあ、武史。」
「何だよ。」
「写真、一枚だけ。いいか?」
「ああ、いいぜ。」

図書館の屋上。
この街を背にして、肩を組んで立つ。
小刻みに震える晶。

「撮るよ。」
晶がシャッターを切ろうする。

俺は、持っているボタンをカメラに向けた。
「最後は笑顔でな。」
「ああ。」

晶がシャッターを切った。
二人とも、多分今までで最高の笑顔だった。

そんな気がする。
いや、間違いなくそうだ。


こちらの企画に参加させていただきました。
ありがとうございます。


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