[SS] バス停の女の子
東京のバス会社を退職し、田舎に帰ってきた。
両親の介護の為だ。
長男は海外を飛び回るビジネスマン。
長女は芸能人から名指しで指名のかかるスタイリスト。
そう、私だけが違う。
「すまん、お前しか頼めないんだ。」
「ごめんね、あんたくらいしか頼めないのよ。」
長男と、長女はいつもの調子でそう言った。
「分かった。」
会社と相談したが、片道3時間を通うのは無理。
流石に、どうにもならない。
父と母の様子を見に帰った時
駅前で定時バスの運転手募集広告を見た。
応募してみると、問題なく合格。
こうして、私は都会のバスの運転手から
田舎のバスの運転手になった。
田舎とはいえやることは変わらない
時間通り、安全にお客様を運ぶ事。
それが仕事だ。
父と母の世話をする事
変わったのはそれぐらいだった。
「ありがとね。」
父と母は私に事あるごとにそう言った。
なんとなく、素直に受け取れない自分がいた。
そんな生活が始まって、1ヶ月くらいした頃
朝の時間帯から、夜の時間帯にシフトが変更になった。
「なんでですか?急に。」
上司に確認する。
「ごめんな、ちょっと色々あってな。」
上司はメガネを拭きながらそう言った。
「色々って?」
「色々は、色々だ。」
そう言って、チラリと事務所の中を見る。
一つ空席が出来ていた。
夜の時間帯担当、斉藤さんの席だった。
「出発します。」
時間帯が変わっただけで、何も変わることは無い。
乗ってくる人が変わったが、別にいつも通り運転するだけだ。
と思っていた。
雨の日。
バス停に女の子がいた。
雨の中、傘も刺さずにずぶ濡れ。
赤いランドセルに赤い長靴。
小学生くらいだろうか。
一人、雨の中。

降りていく人も、乗ってくる人も
誰も声をかけない。
女の子を見てはいる
ただ、誰も声をかけない。
私は窓を少し開けて、声をかけようとした。
「やめとき。」
杖をついたお婆さんが、強い口調でそう言った。
「やめとき、分かったね。」
そう言って料金を払うと、後ろの席に座った。
ミラーで車内を見ると、みんながこちらを見ていた。
"やめとき。"
無言だったが、目はそう言っていた。
それから、雨の日には女の子がずっと立っていた。
いつも一人、雨に濡れて。
赤いランドセルは
いつも雨に濡れて黒くなっていた。
”やめとき。"
お婆さんが言った言葉がやっと分かった。
あの子は、いつもあそこにいる。
雨の日に。
あの子は、生きていない。
そう、この世のものでは無い。
暗黙の了解なんだ。
この町では。
色々、そうか、これが色々なんだ。
理解してからは、気にすることは無くなった。
雨の中でポストが濡れていても気にならない。
そう言う事だ。
そう言う事。
その日も、雨だった。
珍しく、お客さんが一人も乗っていない。
一つ手前の停留所。
乗ってくる人も、降りる人もいない。
そんなことは、初めてだった。
コツン。
足元の方で音がした。
傘。
赤い傘。
お客様の忘れ物だろうか。
バス停に着いた。
あの子は今日も立っている。
ずぶ濡れで、一人で。
私は何気なく、傘を持った。
そして、バスを降りる。
意識しなければいい。
女の子の前あたりに立つ。
そして、傘を開き
女の子の頭に傘が掛かるようにして置いた。
そして、バスに乗り込み
発車させた。
ミラーには赤い傘。
赤い長靴が写っている。
こちらを追いかけてくることも無い。
こちらを向くことも無い。
私はそのままバスを走らせた。
事務所に戻ると
上司が入り口の前で立っていた。
「君。」
その声は、いつもより
力が込められていた気がした。
「はい。」
「何か余計な事、しなかったかね。」
「余計な事ですか?」
「そうだ。」
「....。いえ、何も。」
私は上司の目を見てそう言った。
「そうか…..。今日もご苦労様。」
上司は私の肩をポンと叩くと
自分の車に乗って帰って行った。
余計な事….。
したかな….。
次の日、斉藤さんが戻ってきていた。
「おはようございます。」
そう挨拶すると、斉藤さんは私の手を握って言った。
「ありがとう。」
何の事かさっぱり分からない。
上司に呼ばれた。
「君。」
「はい。」
「斉藤さんが復帰した。なので、君のシフトは元に戻す。」
「はい。」
上司はメガネを拭きながら言った。
「ありがとう。」
「は、はい。」
会話はそれだけだった。
久々のシフト。
あの停留所に差し掛かろうとする時
突然、雨が降ってきた。
バス停には赤いランドセル。
赤い長靴。
そして、赤い傘を持った女の子がいる。
女の子はこっちを見て笑っていた。
今までずっと見ていたはずなのに、初めて顔を見た気がする。
普通の笑顔。
子供らしい、そんな笑顔。
お客さんはそれを気にすることもなく
乗り降り。
見えているはずなのに、見ない。
私はバスを発車させる。
ミラーで後ろを確認する。
女の子は笑っていた。
そして、こっちを向いて手を振っている。
口が何かを伝えようと動いている。
瞬きした。
その一瞬で、女の子は消えてしまった。
赤い傘だけが地面に落ちていた。
それから、女の子がバス停に現れることは無くなった。
とはいえ、何も変わらない。
乗る人も、降りる人も。
何も変わらない。
結局何だったんだろう。
傘が欲しかったんだろうか。
あの子は、どうしてあんな事に。
何も分からない。
でも、あの時の笑顔、それを思い出すと
なんとなく、いい事をした。
そんな気がするのだ。
私は今でも
田舎のバスの運転手を続けている。
こちらのお題を元に創作しました。
昭和ノスタルジー、表現できているでしょうか。
