[SS] ぐちゃぐちゃのイチゴ。
「普通ってなんだと思う?」
僕は、そう聞いてみた。
「普通?、なんだろうね。」
妻は、そう返した。
いちご。
ガラスの容器に6つ。
練乳をたっぷりかけて、妻が頬張る。
「なあ、いちごって潰す?」
「潰す?」
「そう、練乳と牛乳かけて、形がないくらいに。」
「うーん、あたしはしないかな。」
「そうかあ。」
「でも、友達はやってた気がする。」
「それって、普通?」
「うーん、普通かって言われてもなあ。」
そんな会話。
普通。
そう、普通ってなんだろうなあ。
うちの家庭は、細かい事にうるさかった。
お箸はちゃんと持て。
食事中に肘をつくな。
テレビを見るな。
食事の記憶はそんなものばかりだ。
何を食べたか。
どんな味だったのか。
何も思い出せない。
いちご。
真っ赤ないちご。
妹が、練乳をかけて
さらに、牛乳をかけて
ぐちゃぐちゃに潰していた。
ピンクのイチゴ牛乳。
学校で友達に聞いたらしい。
母は、そんな妹の手を思い切り叩いた。
「みっともない。」
「普通はそういうことしないの。」
「もっと綺麗に食べなさい。」
そんな言葉。
妹は泣いて自分の部屋に走っていった。
バタン、強めの音。
追いかけるように父親が
バンっ、さらに強い音。
そして、泣き声。
そんな記憶。
あの時は、それが普通だった。
文鳥。
妹に懐いていた、というより他の家族には懐かなかった。
特に父と母にはそうだ。
妹が近寄ると手に乗ってくる。
私も恐る恐る近寄って来た。
「うるさい!」
父がそう言った。
次の日、食卓の隅に置いてあったカゴは
玄関に移動していた。
これが普通。
そう、これが普通だった。
妹はパジャマでいることが増えた。
休みの日も、普通の日も。
バタン、バンっ。
そして、隣近所に聞こえるくらいの大きな声。
声なのか?鬼の叫び声?。
そんな中、静かに進む食事。
それが普通だった。
「ねえ、ねえってば。聞いてる?」
妻の顔が5cmくらいの所に。
「あ、ごめん。」
妻はやれやれという感じで
肩をすくめて椅子に座り直した。
「ねえ、牛乳ある?」
「牛乳?多分ちょっと残ってると思うよ。」
コップ一杯分も無い、牛乳パック。
半分くらい、ガラスの容器に注いだ。
そして、いちごを潰した。
ぐちゃぐちゃに。
練乳も追加した。
ぐちゃぐちゃに。
白い牛乳はピンクに変わる。
ガラスの容器を持つと、一気に口に含んだ。
甘い、酸っぱい。
イチゴ牛乳とも少し違う。
美味しかった。
子供が大好きな味。
「ねえ、どうしたの。急に。」
私は口の中のそれを飲み込めずにいた。
「ねえ。大丈夫?美味しくないなら出していいよ。」
妻はそう言って私の方に寄って来た。
喉がなった。
口の中のピンク色は、胃の中に消えていった。
「美味しい。」
私はそう言った。
「美味しいの?そう?私もやってみようかな。」
妻は残った牛乳を自分のガラス容器に注ぐ。
そして、ぐちゃぐちゃに潰した。
練乳も追加した。
そして、またぐちゃぐちゃに潰す。
白い牛乳はつぶつぶの混じったピンク色に変わっていく。
ガラスの容器に口をつけて、一口。
「え。美味しい。これ。」
そう言って、こっちをみて目を大きくしている。
「ねえ、何こんな食べ方してたの。美味しいじゃん。」
そう言って、牛乳パックを逆さまにして振った。
私は「美味しい、そう。美味しいんだよ。」
そう言って、まだ残っているピンク色を見る。
普通。
そう、これも別に普通だ。
そう、別に何てこと無い。
残ったガラスの容器のピンク色を飲みほす。
妻は美味しそうに、それを飲んでいる。
いや、違う。
これが普通だ。
私は、そう思った。
こちらの企画に参加させて頂きました。
美味しいですよ、この食べ方。
本当に美味しいです。
