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[SS] 喉が、乾いてただけ。

「なあ、俺たちデスクワークじゃない?」
「うん、そうだけど。」
「少し、運動した方がいいと思ってさあ。」
「運動?」
「そう。もうお互いにいい歳じゃない?体力つけないとさって。」
「それで?」
「だから、週末の朝。ランニングとかどう?」
「えー、やだよ。ただでさえ仕事で疲れてるのに。」
「まあまあ、そんなこと言わないでさ。ね。」
「えー….。」

夕飯の途中、そんな話になった
旦那も私も、アラフォー。
体は正直。
階段で切れる息。
取りきれない疲れ。
週末は10時間睡眠。

「試しに1回だけ。な、一回だけ。」
「….、分かったよ。でも、ほんと、一回だけだからね。」
細かく何度もうなづく旦那。
長続きした事もない、どうせ一回だけ。
一回だけの我慢。

そう思っていたのに。


それから週末の朝は、ランニング。
珍しく長続きした旦那の趣味。
もう一ヶ月くらい。
今日も、それに付き合う私。

「ねえ、待ってよ。待って。」
「ん?どうした?」
「もう疲れたよ、今日はここで終わりにしよ。」
「あ、ああ。そうだね、そうしよう。」
「どこか座れたらいいんだけど….。」
「あ、公園にベンチあったな。」

ランニングコースの途中。
小さめの公園。

ブランコが2つ
パンダ、クマ、トラ、動物型の遊具
木のベンチ。
あるのはそれだけ。

ベンチに座る。
早い呼吸。
空の水筒。

「あ、そうだ。そこの水道で頭濡らしたらどう?」
「え?」

子供用の水飲み場。
段ボール箱、二つ分くらい。
普通の蛇口、上の方に噴水みたいな蛇口。

「気持ちいいからやってみって、俺、何か飲み物買ってくる。」
「あ、うん。」

周り、誰もいない。
頭濡らす?大人なのに?
でも、ちょっと気持ちよさそう。

蛇口を全開に開ける。
髪ゴムを外して、手にはめる。
勢いよく流れる水に、頭を突っ込んだ。

冷たい、と言えるほど冷えてはいないが
気持ちがいい。
頭に溜まった熱。
ベタついた汗
全部、水と一緒に流れ落ちていく。

下を向いたまま、目を閉じた。
聞こえるのは、水の音だけ。

二の腕に、冷たさ。
「えっ。」

左手で触ってみる。
ペットボトルの感触。

旦那?
スポーツドリンク?
喉はカラカラ。
水分が欲しくてたまらない。

「喉乾いてたんだよね」
頭を振って水を払う。
蓋を開けて、中身を口に含んだ。

「ん?」
何だろう?
変。
味が違う気がする。
変、何か変。

「ねえ、これ。な….」
振り返る。
誰もいない。

「え….。」
流れ落ちる水の音。
公園の中には誰の姿も見えない。

入り口の方、旦那。
手にはペットボトル二つ。

「じゃあ….。これは….。」
透明なボトル。
透明な液体。
ラベルは無い。

封を切った…、はず。
蓋は?開いてなかった?
開いてた?分からない。
これは何。
中身は何。

私は
何を飲んだの?

唐突で猛烈な吐き気。
逆流してくる胃液。
体が拒絶する、出さなきゃ。

指を突っ込む。
喉の奥まで思い切り。
出て、全部、出て。
お願い、お願いだから。

口の中が酸っぱい。
喉が痛い。
でも全部、全部。
全部出さなきゃ。

喉の奥にさらに指を突っ込む。
えづく、とにかくえづく。
全部、全部、全部、全部。
一滴も残さず、全部。

目の前がブレる。
二重に歪む、滲む。

足に力が入らない、ふらつく。
立っていられない、倒れる?
倒れる、多分。

水の音。
顔のすぐ横。
聞こえるのは水の音、だけ。

「おい!大丈夫か!」

お願い、たすけ….。
言葉にならなかった。


柔らかい、沈み込む体。
冷たい空気、少し寒いくらい。
体は何かに包まれている。

知らない天井。
蛍光灯。
仕切りのカーテン。
ピ、ピ、ピ、ピ。
断続的な音。

病院?

「起きた…、大丈夫か?」
旦那。
今にも泣きそう。
情けない顔。

「俺が分かるか?」
「あ。うん。」
「良かった….。」

手を握られた。
ぎゅっと、痛い。
こんなの初めて
震えてる、小刻みに。

「先生呼ぶから。」
ナースコールの音。

結局、何が起こったのか分からなかった。
ボトルは救急隊員が回収。
落とした拍子にほとんど流れ出した中身。

ボトルも、蓋も水道の水で洗い流されて
わずかに残った液体は検査中。

それから3日ほど入院した。
各種検査、全て正常。
異常はどこにも見当たらない
らしい。

何かわかれば連絡します。
先生はそう言ってくれた。

あれから1週間。
連絡はまだ無い。

何も分からない中で日常が戻りつつある。
でも、ランニングも、ペットボトルも
公園も怖くて近寄れなくなった。

電話が鳴るたびに怯える自分がいる。
病院から、違う。
これの繰り返し。

何か起こるのだろうか。
分からない。
分からないことが、たまらなく怖い。


こちらの企画に参加させて頂きました。

ちょっと嫌な話を書いてみようと思いました。
くれぐれも、受け取る時はご注意を。

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