子育てを孤育てしていた頃を振り返る
ごきげんよう
ねぇ、なんで
毎日あっという間なんだろう
波乱万丈な人生だけれど
今は昔より穏やかに暮らせている
はじめに・・・
ワタクシは5年の間に
4人のコドモタチを産み出した
幼児が2人に乳児が2人
末っ子が生まれた時は
そんな感じだった
当時は元オットの自宅で
義妹 義弟と完全同居だった
けれど昼間はみんな仕事をしており
家にいるのはワタクシとコドモタチ
とはいえ、ワタクシも
末っ子が7ヶ月のときから
パートで仕事復帰したので
家族の家事を担いつつの毎日
元オットは7時前に出勤し
帰宅は午前0時を回ってから
休みの日も元オット
家にいることが少なかった
ただ、仕事に復帰してからは
みんなをそれぞれ園に送って
仕事に行けたから
その時間はワタクシが自分になれる時間
職場のスタッフと大人同士話すこともできた
仕事に出るまでは
長男はこども園に通っていたけれど
3人はまだ小さくて自宅で過ごした
その時が本当に孤独だった
何より家にはワタクシと
小さなコドモタチしかいない。
会話はできないから
独り言が増えていった
ひとりでつぶやいては
自分でそのつぶやきに返事をする
たまに裏のお宅に回覧板を持っていって
おばちゃまとお話しする時間が
ちょっと楽しみだったりした
それくらい
人と話がしたかったし
オット(元)に色んな話をしたかった
なので帰ってくるまで
頑張って起きていたりしたのだけれど
実際は 起きていられることが
重荷だったと後から知った
なんとなくあの頃を
振り返ってみたいなと
そういえば今まで思い返して
文字にしたことがないなって
そう思ったから
書き綴ってみる。
夕方大戦争
末っ子が生まれて
みんな園に入った
パートは最初は15時半まで
帰りがけに買い物をして
家族分の夕飯の下拵えをしてお迎えに行った
お迎えには車で行っていた
ピックアップして園庭で遊ぶこともあった
けれど、車でお迎えしていると
駐車場を開けなくちゃねっていう理由で
長々と遊ぶことがなかったんだ
なにしろ大人が3人
そしてコドモタチ4人
7人の食事を作っていたから
早く帰りたかったってのもある。
バタバタとお迎えして
神様のようなEテレに夢中になっている
そんな間に夕飯を作って
みんなで食事
大体18時くらいには食べていたかな
ワタクシとコドモタチ
5人での食卓は大騒ぎだった
離乳食、長男、長女の時は
それなりに作っていたけれど
次男三男の頃はお味噌汁の具を
お味噌を入れる前に取り出したり
煮物をして味付けする前とか
お魚も 焼いたお魚の身を
ちょっとほぐしてお湯を加えたり
本当にいい加減だった
それでも元気に
しかも よく食べるコドモタチに育ってくれた
今、離乳食で悩んでいるみんな
食べるってことを
楽しめるのが一番だよ
手の込んだ離乳食
お皿ごとひっくり返されることも
あったりするかもしれない
ちょっと気持ちがめいっちゃったら
BFで十分だよ
その子のことを思って
そのBFを選ぶって愛情だもん。
離乳食を作る時間を
お子ちゃまとたくさん遊んだりする
そんな時間にしてもいいんじゃないかな
お風呂の時間を振り返ってみる
ワンオペで育児をしていた頃
本当に大変だったのはお風呂
末っ子が生まれた時
長男は5歳
長女は2歳 次男は1歳
年齢が近いコドモタチ
どの順番でお風呂に入れようか
末っ子が生まれたての頃は
ワタクシが初代として使っていた
ベビーバスで沐浴していた
生後1ヶ月を過ぎて
お風呂に一緒に入れるようになった
けれどまだまだベビーバスを利用した
これは次男の時もそうだった
2人目の娘が生まれた時は
まだ義母ちゃんが生きていたから
手伝ってもらえていたけれど
3人目の次男坊の頃は
完璧にワタクシ1人で入れていたので
ベビーバスをギリギリまで使ったのだ
ただ、生後3ヶ月に近づくと
流石にベビーバスは辛くなった
次男の時もそうだったけれど
脱衣所にクーファンを持ち込んで
そこに次男を寝かせて
長男と長女とお風呂へ
長男は洗って浴槽の淵に
しっかり捕まらせて話をしながら
娘を洗う。
そして娘はベビーチェアに座らせて
その間にクーファンの次男を洗う
みんなでお風呂に浸かって
わぁわぁ楽しんで
上がる時は長女は安定のベビーチェアで待機
長男を拭いてパンツを履かせ放牧
次男を拭いて裸ん坊のままクーファン
そして長女を拭いてオムツを履かせて放牧
長男 長女を放牧させている間に
次男に服を着させて
走り回る長男 長女を捕まえて
パジャマを着せる。
末っ子が生まれた頃も
同じような流れだったけれど
その頃はムスメは長男と一緒に
浴槽に浸かっていて
次男がベビーチェアに座っていた
長男は拭いてあげれば
自分でお兄さんパンツを履いて
パジャマも着ることができるようになって
長女も自分でお姉さんパンツを履いて
長男があれこれお世話して
パジャマまで着させてくれるようになった
成長を感じた瞬間
お風呂の時間って
それぞれの成長を一番感じた時間だった
おねむの時間を振り返ってみる
お風呂まで終わると大体19時過ぎくらい
我が家は20時すぎには
みんなでお布団に行っていた
早く寝かせて
自分時間が欲しかったのだもの
コドモタチ
スムーズに寝るなんて皆無なのは当たり前
読み聞かせの時間が始まるのです
確か 365日の読み聞かせの本
ただ、読み聞かせを始めると
コドモタチのなんで?
どうして?攻撃の時間が始まる
そして 一つの話を読むと
次はこれ、その次はこれ
エンドレス読み聞かせ・・・
本当に 読み聞かせで
すんなり寝る子なんているんだろうか
当時、毎晩そう思っていた
最終手段は
コドモタチを登場させた昔話
桃太郎の代わりに長男が鬼退治とか
思いつく限りのお話を創作したりした
どんぶらこ どんぶらこ〜と
お父さんが流れてきたことだってあった
大笑いしながら
気がつくと、1人
また1人って夢の中に落ちていった
4人が眠った瞬間
ワタクシの時間がやってきて
今日も一日 無事に終わった
肩の力が抜ける瞬間だった
孤育てだったけれど楽しかった
ワンオペは本当に苦しいこともあった
けれど それだけじゃなくて
成長の瞬間。可愛い瞬間
実感することができた
しかも、4人もいたから
ラクだったことだってある
4人でワイワイ遊んでくれるから
夕飯の支度や片付けの時
割と集中して出来たことも多かった
4人いて、本当に良かったし
助かったって思うこともたくさんある
4人いるからもうどうしようもない
完璧なんて無理無理って
早々に諦めることだって出来たんだ
でも、やっぱり大人と話したいの
コドモタチは可愛くて
ワタクシに元気をくれた
それでもね
やっぱり大人と話したい
そう思う気持ちはあった
義妹義弟との同居だったけれど
お夕飯は作っておいたけれど
帰ってきた時は寝かしつけしていたし
母親でもないのに
お世話するのもどうなの?とか
義妹はなかなか難しくて
割とどんな人とでも
対話のできるワタクシなのに
彼女とは波長が合わなかった
意地悪な人ではなかったんだけれど
合わなかったんだ
義母ちゃんとは
あんなに仲良く出来たのに。
肝心のオットは
本当に毎日 午前様だった
当時はまだこんなに
SNSは普及していなかったし
携帯はあったけれどスマホのように
自由に色んな媒体を使うなんて
できない時代だった
ただ、ママ向けのHPはあって
その中の「チャット」で
同じように小さなこどもと過ごすママ達と
繋がることができて
お昼寝している短い時間や
子供達が寝入った後
子供の話や
オットの話なんかも楽しんだりはした
実際に会話とは違うけれど
文字を通して大人と触れ合うことができた
そういう意味で
その場所は ワタクシの心を
安定させることができる場所だった
あの時は 文字だった
けれど今は
実際に会話をすることだって
できるようになってきている。
どんなに時代が過ぎても
こういう悩みって変わらない
吐き出すことでスッキリさせよう
この情報社会の中
自分を追い込まず
使えるものは使う
ちょっとくらい部屋が汚れていたって
コドモは育つ
まずは自分が幸せで
笑顔でいること
それが一番大事なことだなって
振り返ってみて実感した
コドモタチに一番近い大人が
いつも笑顔であること
それが一番大切だと思う
そしてそうやって
吐き出せる場所を
作り出していこうと思っている
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