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340.イタズラが奇跡の復活、大ヒットを飛ばす「ダッコちゃん」

【わくわく発想術⑲】

1.こうして、元祖リサイクル商品「桜もち」が誕生した~


大阪府 桜餅(さくらもち)


誰もが知っている、あんこ入りのもち。
私はケーキは好きだけど、あんこはダメ—。なんていう人も多い。
最近のケーキ類はダイエットが流行しているせいか甘さがひかえめが多い。でもあんこ入りのもちはやたら甘いだけ。「あまり好きじゃあない」という人もいる。

でも、ここにちょっと塩気が入っただけで、
まるで別物となる、それが桜もち。

これは甘さと塩辛さがミックスされていて、なんともいえぬ独特のおいしさが引出されている。

このアイデアは一体誰が考えたものだろうか。
おそらく腕のいい昔ながらの、この道一筋と呼ばれる職人さんが、研究に研究を重ねて開発したのだろう。

しかし、記録によると、この考案者はなんと、
お寺の門番さんというから驚いた。


関東風桜餅(長命寺)出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


関西風桜餅(道明寺)出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


時代は、江戸時代の中頃。よくテレビドラマで見かける、八代将軍・徳川吉宗の時代に東京・向島にある長命寺というお寺で働いていた山本新六さんという門番。

この新六さんの仕事は門番だが、いつも庭掃除をしていた。
でも掃除するたびに思っていたことがある。

それは毎度のことながら大量に掃き集められた桜の葉っぱを見ていて、このまま捨てるのが、なんだかもったいないような気がしていた。

桜は季節が訪れば美しく咲き、多くの人々に語りかけてくれる。そしてその葉が散りその葉も散りゆく時、新六さんはそんなことを思いめぐらしていた。
「何か有効に、利用する方法はないものか—。」
日々考え続けていたという。

この時、徳川吉宗より、「倹約令」が発布されていた。
この将軍の命令は、このような門番にも浸透していた時期。

新六さんは、いつもこの大量に集められた桜の葉を眺めていた。
しかし、眺めれば、眺めるほど、ますます捨てるのがもったいなくなってくる。

そこで彼は、この葉を試しに塩漬けにしてみた。

ここで現代のわたし達にはこの行動を不思議に感じるが、この時代の人達にしてみれば、当り前の考え方でもあった。

それは、この時代には冷蔵庫なんてない。
保存法といえば、乾燥させるか、塩漬けしかない。
新六さんの行動は当時としてはごく普通のもの。

「捨てるのはもったいない」
「保存しよう」
「それなら塩漬けに—」
こんな程度の考え方がきっかけとなり生まれた産物といえる。

そしてこれを取り出して食べたところ「うまい!!」「ウン、これはいい!!」思わず新六さんは、実験開始。

その実験とは、試しにお寺にやってくる人にこれを配りまくった。
するとなかなかの評判。
なかには「お茶も飲みたい」という人まで出てくる始末。

さらに新六さん、気をよくし今度は、この葉にいろんなものをくるんでみた。しかし、味噌をくるんだが、塩っぱすぎ辛いだけ。
おしんこをくるんだが、かえっておしんこの味を殺してしまう。

こうして少しばかりの迷いも生じていたが、ある時、お寺の縁日でついた甘いあんこ入りのもちをくるんでみたら、甘味プラス塩味。
そして桜の葉独特の香が混ざり合って、とても言葉で現わせないほど、何ともいえぬ風味の和菓子が誕生した。

これが、お寺に来る人達の間で大人気となる。
新六さんはやがてお寺の門番をやめ、桜もち製造販売に本格的にチャレンジしたのである。

その後は、その後は言うまでもない。
どうせ捨てるものならば、失敗してももともと、でも何かに利用できないだろうか。こうしたらどうだろう。
ああしたらどうだろう—。
と考えてみることも大切な発想法のトレーニングになる。



2.イタズラが奇跡の復活、大ヒットを飛ばす「ダッコちゃん」



出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


世紀初頭、あの「ダッコちゃん」が復活を果す。
今のこども達にはこの「ダッコちゃん」の歴史を知る人はまずいない。

昭和35年代、「ダッコちゃん」旋風が起こり、一大ブームが起きた。

だが、この現象は単なるブームというよりも、戦後史にも記録されている社会現象のひとつ。
今、考えると当時街を歩く女性の腕にピタリとからみついた「ダッコちゃん」の姿はちょっと異様といえば異様。

しかし、当時はそれが最先端のファッションだった。
当時の若い女性の人口と同じぐらいの数の「ダッコちゃん」が街中に溢れていた。

この販売は、おもちゃメーカーのツクダ。
アフリカ系の少女をモデルとした空気を入れたビニール製人形。
なんとなく近年の女の子の「ガングロ」と呼ばれる子たちになぜかそっくり!! 

ちなみに、販売当初の正式な名前は、「ウインキー」。
これは少女がウインクしているからという単純なネーミング。

しかし。これは失敗作。

つまり、期待された商品ではなかったものという。後の話だがツクダ社内でも不人気商品。
ほとんどの人が売れる自信を持っていなかった商品。

当然、まったく売れなかった。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

そこで完全な失敗作だと判断したツクダは、やむ得ず、1個1750円の「ウインキー」を100円に値下げしてバーゲンで大量に在庫を処分しようと決定。

しかし、その時に「ある事件」が起こり、後の流れを変える出来事が起こった。その事件とは、ツクダの若手社員がちょっとしたイタズラをした。それは、銀座・松坂屋の水着コーナーのマネキンの腕に、「ウインキー」を抱きつかせたのだ。

世の中、何が幸いするかわからない。

これを見た若い女の子たちが、数日すると、今度は自分の腕に「ウインキー」を巻つけて、海水浴場に出かけた。

女性の目立ちたがり屋は、今も昔も変らないが、その海水浴場にたまたま居合わせたのが、取材中の読売新聞の記者。
とてもユニークなその女の子のセンスに感心、その記者は風俗ネタとして写真を撮り、新聞に掲載。
その写真に添えたタイトルが「ダッコちゃん」。
この時、記者は「ウインキー」問いうネーミングは知らなかったため、記者が勝手に命名したものだが、このストレートなネーミングとわかりやすさもまた、大ヒットに結びついた。

しかし、単なるイタズラとはいえ、水着コーナーのマネキンの腕に「ダッコちゃん」を抱きつかせることによって、ある意味では、消費者に使い方のヒントを与えたともいえる。

どんな商品も商品のみを見せるも知らせることに重点を置いているが、水着とマネキンという異なった媒体につける事によって違和感を与えるかもしれないが、商品そのもののインパクト性をさらに強めたものともいえる。
異質なものとの組み合わせ、これはとても大切な発想のひとつといえるかもしれない。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



ダッコちゃん


80年代後半以降、黒人差別論争のなかに加えられて製造販売が停止に。

夢よもう一度~Endo chante "Minna de dakko chan"


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