372.「撮るという行為」は何も悪いことではないし、もし悪いことだったら誰も「撮る」ことなんてできなくじゃあないか...

「何人も人を傷つけたり、貶めたり、辱めたりしてはならない」という前提条件があることを忘れてはならない。
本音をいえば、写真や映像を撮る者たちはいつも不安と隣り合わせ。
もし、後でクレームがついたらどうしょう?
トラブルになったらどうしょう?
訴えられたらどうしょう?
などという危険とリスクの隣り合わせ。
だけど、仕事柄やむ得ない人もいる。まだ仕事人の場合はこのように少しでも気にしながら撮影しているために何かしらの配慮がうかがわれる。
しかし、これが仕事でなくてプライベート、趣味、楽しみだとしたらどうだろう?ほとんどの人はその写真や映像を使ってビジネスする訳ではないから、このような不安など持ち合わせてはいない。
そう、まるで気にならない。
だから、Xやフェイスブック、インスタグラムに写真を投稿している。
また、写真や映像は撮るもの、撮るためのもの。
だから、「撮るという行為」は何も悪いことではないし、もし悪いことだったら誰も「撮る」ことなんてできなくなる。
これじゃあ、報道規制されている、表現の自由のない国とまるで同じではないか?と言う人もいる。
確かに、その通りだ。だが、ここで言葉が足りない...。
それは、「何人も人を傷つけたり、貶めたり、辱めたりしてはならない」という前提条件があることを忘れてはならない。
「あの~あなたの写真、撮っていいですか?」
「あなたのお子さんの写真を撮りたいのですが?」
と声をかける。こんな話し方をすれば余程の注意人物、不審者でない限り嫌だという人は少ない(それでも嫌だという人もいる…)。
そして、礼儀やマナーを心得ている人はその場で撮った写真をお見せする(確認)。
「どうですか?キレイら撮れているでしょう~」
「わあ、キレイ、私にも一枚ください~」
こんな関係は良好ですよね。しかし、見せたら本人が気に入らない場合もある。そしたら何度か気にいるまで撮っても良いかもしれない。
「撮る」というのは、そのものの何かを撮りたいのだから、「撮らせてほしい」という立場で、「撮られる側」は「撮らせてあげる」場だという上下関係がある。
撮る側の勝手に合わせる以上は、たとえ「撮る」だけであっても確認と許可はマナーのひとつ。それがちゃんとできなければ「隠し撮り」「盗撮」になる恐れもある。
「どうでしょう?この写真とてもきれいに撮れたのでブログに載せたり、SNS投稿してもいいですか?たくさんの人が喜ぶかもしれません...」
「YES」と言う人もいれば、当然「NO」と言う人もいる。「NO」は完全にアウトだが、「YES」であれば問題ない。至極当たり前のことだ。
残念ながら、ほとんどのトラブルはこの確認と了承を得ていない。
人さまの容姿を利用するのに許可を取るのは当然のことだが、ほとんどができていないのが実情だ。
そして、ある日、突然、裁判所から通知が届く~
さて、どうしますか?

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※本内容は、しばらく「肖像権」シリーズとなります。
我が国、1億数千万人、すべてがスマホを持つ、一億総カメラマン時代。
現在、様々な場所でこの写真、映像の問題がトラブルとなっています。写真や映像を撮影した者には「著作権」があり、写された者には「肖像権」があります。「撮る側」には「撮る権利」があるといいますが、撮られる側には「撮られたくない権利」というものがあります。
もっとも大切なことは「撮る側」は人を傷つけてはならないという最低限度のルールやマナーが必要になります。
撮っただけであくまでも「個人的利用」「私的使用の範囲」だという人もいますが、たとえ、公表し、使用しなかったとしても、「隠し撮り」「盗撮」のような、悪質なものもあります。「撮る行為」というのは利用の仕方によっては「暴力」と化します。あまりにも安易に写真や映像が簡単に撮れる時代だからこそ、注意と配慮が望まれます。
本内容は、全国の都道府県、市町村、学校、NPО団体、中小企業、noteの皆様、クリエイター、個人の方々を対象としているものです。また、全国の職員研修での講演先のみなさまにもおすすめしています。
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