書くという咀嚼
TEGAMIYA 店主:福原歩
はじめに. 文具店の日常から見えるもの
私は日々、文具店「TEGAMIYA」を営みながら、
多くの人の「書く」という行為に触れている。
手紙を書く人。
ノートに考えを書き留める人。
あるいは、何を書けばいいのかわからないまま、ペンを手に取る人。
そうした姿を見ている中で、書くという行為は、単なる記録や伝達だけではないのではないかと感じるようになった。
書こうとするとき、人は自分の内側にあるものを探ろうとする。
言葉になっていなかった感情や、整理されていなかった思考に触れようとする。
本稿では、「書く」という行為を、自己を捉え直すための営みとして考えてみたい。
Ⅰ. 通り過ぎていくもの
日常の中で、私たちは多くの出来事や感情に触れている。
嬉しかったことや、ふと引っかかった一言。
うまく言葉にできない違和感もある。
それらは確かに自分の中を通過しているはずなのに、その多くは、ほとんど意識されることなく過ぎていく。
何かを感じていたはずなのに、思い出そうとすると曖昧になる。
考えていたはずなのに、整理されていない。
そのような感覚に覚えがある人は少なくないだろう。
そうした曖昧さは、出来事そのものだけでなく、自分自身の輪郭も見えにくくしていく。
何を感じ、何を大切にしているのか。
それらを自分でもうまく捉えられないまま、日々を過ごしていることもある。
Ⅱ. 捉えきれていないもの
人は日々、多くのものを受け取りながら生きている。
出来事や言葉、そこから生まれる感情や思考。
それらは確かに自分の中を通過している。
しかし、それらが十分に捉えられているとは限らない。
感じてはいるが、言葉になっていない。
考えてはいるが、まとまっていない。
そのような状態のまま、次の出来事へと移っていくことも少なくない。
それは特別なことではなく、ごく自然なことである。
すべてを明確にしながら生きることは難しい。ただ、自分の中で捉えきれていないものに対しては、うまく向き合うことができないと感じる場面もある。
何を大切にしているのか、
何に引っかかっているのか。
それが曖昧なままでは、選択や判断もどこか頼りないものになるのではないだろうか。
何に引っかかっているのか。
それが曖昧なままでは、選択や判断もどこか頼りないものになるのではないだろうか。
Ⅲ. 書くことの間
書こうとすると、言葉はすぐには形にならない。
そのため、自分の内側にあるものを探るような時間が生まれる。
頭の中で考えることは速く、次々と移り変わっていく。
話すこともまた、その場で言葉が連なり、流れていく。
それに対して書くことは、言葉を選び、形にするまでにわずかな時間を伴う。
そのあいだに、思考や感情は一度とどまり、確かめられる。
この小さな「間」が、書くという行為の特徴である。
Ⅳ. 書くという咀嚼
書くことによって生まれるこの「間」は、
単に時間がかかるということではない。
そのあいだで、人は自分の内側にあるものを言葉にしようとする。
曖昧だった感情や思考に、輪郭を与えようとする。
それは、受け取った出来事をそのままにしておくのではなく、自分の中で捉え直す行為である。
書くことは、経験や感情を言葉として咀嚼する行為である。
それらは一度、自分の中に取り込まれ、確かめられる。
人は多くのものを受け取りながら生きているが、それらが十分に捉えられているとは限らない。
咀嚼されないままのものは、
自分の中に残りながらも、はっきりと意識されることはない。
それらは、知らないうちに判断や感情に影響を与えながら、自分でも捉えきれないかたちで現れてくる。
書くことによってそれらを捉え直すとき、
事柄の全体や、自分にとって大切なものが、少しずつ見えてくる。

Ⅴ. TEGAMIYAにおける書くという行為
TEGAMIYAでは、書くことを特別なものとして扱ってはいない。
むしろ、日常の中にある小さな行為として捉えている。
手紙を書くとき、人は相手のことを思いながら、自分の中にある言葉を探していく。
その過程で、自分が何を感じていたのか、何を伝えたいのかに気づくことがある。
それは、うまく書こうとすることとは少し違う。
言葉にしようとする中で、自分の内側にあるものに触れていく行為である。
書くことは、何かを新しく生み出すというよりも、すでに自分の中にあるものを捉え直す行為なのかもしれない。
言葉にならないままにあった感情や、整理されていなかった思考は、
書こうとしたときにはじめて、その存在に気づかれる。
それらはもともと自分の中にあったはずのものだが、捉えられていなかったがゆえに、十分に意識されることはなかった。
Ⅵ. 咀嚼としての実感
書くことは、何かを新しく生み出すというよりも、すでに自分の中にあるものを捉え直す行為である。
例えば、今日あった出来事を一つ思い出してみる。
そのとき自分は何を感じていたのか。
なぜそれが印象に残っているのか。
すぐには言葉にならないかもしれない。
それでも、少しずつ書いていくうちに、断片的だったものがつながっていく。
点のように散らばっていた感情や出来事が、言葉によって結びつき、ひとつの流れとして捉えられるようになる。
そのとき、出来事そのものだけでなく、
それに対する自分の感じ方や意味づけも、よりはっきりと見えてくる。
Ⅶ. ほんの一行から
そうして捉え直されたものは、その後の物事との向き合い方にも、わずかに影響を与えていく。
それは大きな変化ではないかもしれない。
しかし、何を選び、何に迷い、何を大切にするかという、日々の小さな積み重ねの中に、確かな違いとして現れてくる。
机の前に座り、ペンを手に取る。
そして、今日の出来事や、そのときの気持ちを、少しだけ書いてみる。
うまく書こうとしなくていい。
書いていくうちに、これまで捉えきれていなかったものが、少しずつ自分の中で形になっていくかもしれない。
TEGAMIYA ~かくを豊かに~
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