言葉のオカルト 本末転倒
「本末転倒も甚だしい」「それでは本末転倒だ」
日常会話やビジネスシーンで何気なく使っているこの四字熟語。
なぜ「本」と「末」が「転倒」するのか、その由来を辿ってみます。
由来は仏教の教え
意味だけを見ると抽象的な四字熟語ですが、そのルーツは仏教にあります。
「本末転倒」はもともと、「本(根本・本質)」と「末(枝葉・末節)」の重要性を取り違えることを戒める仏教語でした。
日本では鎌倉時代になると、仏教が天皇家や貴族だけでなく武家や庶民にも広く浸透していきます。
当時の寺院には中心となる「本山」と、それに属する「末寺」があり、本来は本山が末寺を統括する立場でした。
しかし、武家や庶民の支持を集めた末寺が大きな勢力を持つ例も現れ、本来の上下関係が逆転した様子は、「本末転倒」を説明する逸話として語られるようになります。
この逸話は、物事の優先順位が逆になることを分かりやすく表した例として、今日まで伝えられています。
大正時代には一般語として定着
仏教語として生まれた「本末転倒」は、時代を経るにつれて一般にも使われるようになりました。
その一例が、経済学者・河上肇が1916年から大阪朝日新聞に連載した『貧乏物語』です。
この作品には「本末転倒」が現在とほぼ同じ意味で使われており、少なくとも大正時代には一般的な表現として定着していたことがうかがえます。
現在では「物事の優先順位が逆になること」や、「目的と手段、あるいは本質と枝葉を取り違えること」を意味する四字熟語として広く使われています。
たとえば、
「健康のために始めた運動で体を痛めてしまう」
「節約のために高い交通費をかけて遠くまで買い物に行く」
といった例は、目的(本)と手段(末)の優先順位が入れ替わってしまった「本末転倒」といえるでしょう。
ちなみに英語では、"put the cart before the horse"(馬の前に荷車を置く)という慣用句が「本末転倒」に近い意味で使われます。
本来、荷車は馬が引くものです。しかし、その順番を逆にしてしまえば荷車は進みません。
転じて、「物事の順序や優先順位を取り違えること」を表す表現として定着しています。
日本語の「本末転倒」が「本質と枝葉の逆転」を戒める言葉であるのに対し、英語では「馬と荷車」という身近な例えで同じような考え方を表しています。
文化や言葉は違っても、「大切なものとそうでないものを取り違えてはいけない」という教訓は世界共通なのかもしれません。
何気なく口にしている四字熟語も、その背景をたどると仏教の教えや歴史の逸話へとつながっている。
これが言葉の面白さです。

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