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#きのころチャレンジ 巡ル遺書

今朝、郵便受けに入っていた一通の手紙。

差出人の名前はない。

胸騒ぎに、震える手で封を開ける。

中に入っていたのは、途中まで書かれた私の遺書。

覚えはない。だが、間違いなく私の筆跡だ。

日付は明日になっていた。

内容は家族への謝罪までが書かれ、その次の行に、

”今すぐ死ね 後悔する前に”

とあった。

喉がひゅっ、と鳴った。

自分の筆跡だった。疑いようがない。誰かのいたずらなら、まだよかった。

文字の癖、払いの弱さ、「死」という字の最後の点がわずかに右へ流れるところまで、完全に一致している。

理解が、追いつかない。

私は手紙を机の上に置き、距離を取った。

まるでそれが生き物のように、今にも動き出しそうな気がしたからだ。

その瞬間、机の上のスマートフォンが震えた。

画面を見る。知らない番号からの着信。出るべきではない、と直感が告げていた。

だが、指は勝手に動いた。

「……もしもし」

数秒の沈黙。

やがて、音がした。

呼吸音。浅く、速く、震えている。

そして、声がした。

「もう、時間がない」

私の声だった。

私は思わず口を押さえた。

録音ではない。わずかに遅れて、同じ抑揚で繰り返される。鏡の中の声のように。

「死んだ方がマシ、早く」

私は電話を取り落とした。

代わりに、机の方から微かな音がした。

カリ、カリ、と。何かを引っかく音。

私は恐る恐る、そちらを見た。

遺書は、そこにあった。さっきと同じ位置に。

だが――

何も書かれていなかったところに、文字が増えていた。

”見えるようになる前に”

誰も触れていない。それでも文字は確かに増えている。

そして、

"もう、間に合わない"

そう書き込まれた瞬間、

気付いた。

壁の向こうから。

床の下から。

天井の上から。

無数の囁きが、染み出している。

意味は、はっきりとしない。

今度は、見えた。

机の向こう側。何もない空間に、

“歪み”があった。

空気が、そこだけ濁っている。

そしてそれは、こちらを見ていた。

顔も、目も、形すらない。それでも確実に、私を認識していた。

理解した瞬間、頭の奥に何かが入り込んできた。

記憶だった。

知らないはずの記憶。私は机に向かって座っている。

手にペンを持っている。震えながら、遺書を書いている。

家族への謝罪。そこで躊躇い、日付を書く。

明日の日付。そして、

“それ”は、すぐ後ろにいる。

見えてしまっている。

振り向けば、完全に理解してしまう。

それが永遠の苦痛、その始まりだと理解した瞬間、

戻れなくなる。

だから、書いている。

自分へ。

まだ見えていない自分へ。

警告を。

”今すぐ死ね 後悔する前に”

記憶が途切れた。

私は、立っていた。机の前に。

手には、ペンを握っていた。いつの間にか。

指が動いた。止められない。

遺書の続きに、文字を書き始める。

”見えるようになる前に”

視界の端で“それ”が、

少しだけ、近づいた。

それは最初からここにいた。

私が生まれる前から。

見えなかっただけ。

見えなかったから、正気でいられた。

この手紙が、きっかけになってしまう。

だから今朝、郵便受けに入っていた。

背後で、息が聞こえた。

なぜ、遺書を書かされているのか。

認識は、段階的に進む。

気づく。

見る。

理解する。

私は、すでに最後の行を書いていた。

震える文字。

”今すぐ死ね 後悔する前に”

違う。

違っていた。これは、誘導だ。

この手紙を読んだ時点で、"それ"の認識が始まってしまう。

暗い部屋。

机。

封筒。

私は、遺書を折っている。

知っている。

これは、未来ではない。

もう終わったことだ。

私は立ち上がる。

歩く。玄関へ。

手が動く。止められない。

郵便受けを開ける。封筒を入れる。

カタン。

音がした瞬間、向こう側に私がいた。

まだ何も知らない、私。封筒を見つめている。

その目の奥に、“それ”が根を下ろしている。

完成した認識が、次の私へ移植される。

もう、逃げ場がない。

そして、私は立っていた。

机の前に。知らない封筒を手にして。



差出人の名前はない。

胸騒ぎがした。



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