民俗学断簡 あゝ 憧れのマンガ肉
骨の両端が突き出た、丸太のような肉の塊。通称「マンガ肉」。
あの憧れの一品は、この世界のどこかに実在するのでしょうか。

今も、象を食料として狩る民族がいます。
アフリカ中部・コンゴ盆地の狩猟採集民ムブティ(Mbuti)の一部は、象を仕留め現地で解体し、大勢で分け合って持ち帰るのだそうです。
象ほどの巨体なら小細工なしに、ただ切り分けるだけであの形が現れるのではないか。
そんな疑問を抱き、調べてみることにしました。


肉を何層も串に刺し、回転させながら炙り焼きにする魅せ調理法
これらだって大変に良いものです
でも私は今、理想の話をしているんだ
答え ダメだった
解剖学の観点から見ると、結論は意外なほど早く出ます。
「肉」と呼んでいるものは複数の筋肉がそれぞれ独立して骨へ付着しており、一枚の塊ではありません。
この基本構造は『Gray's Anatomy』などの標準的な解剖学書でも説明されています。
骨の周囲を、均一な厚みの肉がぐるりと包んでいるわけではないのです。
象の脚のような巨大な部位でも事情は同じです。解体すると筋肉は自然な境目ごとに分かれ、骨を中心にした滑らかな円柱状の肉塊にはなりません。
大型動物でも「骨の両端だけが突き出た丸太のような肉」は、体の構造上ほとんど作れないのです。



ならばマンモスがいた時代なら、あの肉が食べられたのでしょうか。
しかし結論は変わりません。
マンモスの脚は現生のゾウと同じく、自重を支えるための柱状脚(columnar limbs)を持ちます。
長鼻目の長骨形態を比較した近年の研究でも現生ゾウと、絶滅した長鼻目は共通した骨格設計を持つことが示されており、持ち手になるような細い軸は存在しません。
(出典:Bader et al., 2023, Journal of Anatomy「Shape variation in the limb long bones of modern elephants reveals adaptations to body mass and habitat」;『Gray's Anatomy』)
ゾウやマンモスの骨格では、どう切り分け方を工夫しても「あの形」にはならないのです。

動物の脚は、大きく分けると二つの方向へ進化してきました。
一つが象やマンモスのように、自重を支えるため太く頑丈になった「柱状脚(グラビポータル)」。
もう一つが、ダチョウのように速く走るため細く軽くなった「走行型の脚(クルソリアル)」です。
長鼻目は前者の代表で、脚全体が体重を支える柱として働くため、筋肉も厚く分かれて付きます。
そのため、マンガ肉のような滑らかな円柱状の肉塊は作れません。
これは象やマンモスだけの話ではありません。程度の差こそあれ、多くの哺乳類も同じ構造です。
哺乳類に可能性はない ならば
一方で、鳥類の脚骨はもともと典型的なクルソリアル構造、つまり細い軸と発達した関節というマンガ肉そのものの形をしています。
だとすれば「鶏の脚をそのまま巨大化させた動物」こそが、理論上もっともマンガ肉に近い存在のはずです。
候補となるのはマダガスカルの史上最重量級の鳥エピオルニス(象鳥)、南米の肉食走鳥テラーバード(恐鳥)、現役最大の鳥類ダチョウ。

ですが並べてみると、期待とは違う事実が見えてきます。
ダチョウの脚骨は、もも(大腿骨)が短く太い一方、脛の骨は長く伸び両端の関節が張り出しています。
走行の衝撃をもも側で受け止め脛側で歩幅を稼ぐ設計で、細い軸+丸い両端という理想形を現存する鳥の中で最もよく保っています。
(出典:Gilbert et al., 2016, PLOS ONE「The Tarsometatarsus of the Ostrich Struthio camelus」;Smith et al., 2006, Journal of Anatomy「Muscle architecture and functional anatomy of the pelvic limb of the ostrich」)
筋肉量もこの骨格に沿って分布するため、理想の円柱にはならないものの、他の大型動物よりは「骨付き肉らしい」外見に近づきます。
一方エピオルニスは、ダチョウよりはるかに巨大でありながら中足骨(脚の下側の骨)が短く太いという特徴を持ちます。
体が大きくなりすぎた結果、象と同じく脚が太い柱へ近づいてしまった側です。
「巨大な鳥」ではあっても、「クルソリアルな脚を保ったまま巨大化した鳥」ではなかったわけです。
その点テラーバードは時速48キロほどで走れたと推定され、大型でありながら足の速さを保っていた例として挙げられます。
(出典:Blanco, R. E., & Jones, W. W.「Terror birds on the run: a biomechanical model to estimate its maximum running speed」)
そもそも鳥類は、二足走行に特化した獣脚類恐竜の生き残りです。
獣脚類は体重を支えることを優先した竜脚類とは対照的に、軽く長い脚で走る方向へ進化しました。

一時期、恐竜には羽毛が生えてたんじゃないかと言われていましたが、
少なくとも成体にはなさそう説が主流になってました
その内また話変わってそう
グラビポータルとクルソリアルという軸で見れば、両者はほぼ正反対の位置にあります。
細い軸と発達した関節という脚の設計は、その系譜の中で受け継がれてきたものです。
そして、その末端にいる現役最大の鳥がダチョウでした。
調査の結果、海外の食肉業者のページではダチョウの脚肉が「世界最大のドラムスティック」として販売されているのが確認できます。
(出典:American Ostrich Farms/体験談としてRokslide Forumの投稿も参照)

もっとも、手放しでは喜べません。
これは価格にして400ドル前後という、アイダホの一牧場が出荷するニッチな商品です。
膝関節をまたいで大腿骨側と脛骨側をつなげたまま出荷する時点で、通常の解体手順からは外れた特殊な作業。
そこから両端の骨を露出させるとなると、さらなる手間が必要になります。
あの形にして欲しいと依頼しても、そう簡単に引き受けてくれないでしょうね。
ここまでを整理すると天然マンガ肉は、「特殊なオーダーメイド解体なら可能性がないこともない」というものになりそうです。

この世界にいなかった
あの肉への憧れは、日本だけのものではなかった
海外の反応を調べてみると、「あの肉」への憧れは決して日本人だけのものではないことが分かります。
世界中のアニメーションが、それぞれ独自に似たような表現に行き着いていたのです。
英語圏にはこの表現を指す名前として、そのまま"Cartoon Meat"という呼び方が定着しています。
Googleトレンドで確認すると、この単語での検索が観測され始めたのはここ十数年のことで、比較的新しい"名付け"であることが分かります。
つまり表現自体は古くから存在していたものの、それを指す言葉が定まったのはごく最近だということです。
骨付き肉というアイコンは、世界中のクリエイターが時代を問わず選んでしまうものだと言えそうです。

このイメージが逆にフィクションから現実へ"逆流"している例は、実はすでに一度見ています。
ダチョウの脚が「世界最大のドラムスティック」として売られていたあの流通のされ方も、フィクションで見慣れた「豪快にかじりつける肉」のイメージに近づけるよう、見た目そのものを商品価値とする一例だったわけです。
つまり「絵で見た理想の肉」を、現実の食品側が後から模倣しにいったという順序の逆転が起きているわけです。
そして近年は日本のポップカルチャーの輸出によって、海外ファンが自ら「manga meat」「anime meat」という呼び名を使い再現に挑戦するムーブメントも起きています。
ひき肉と薄切り肉を細い"骨"に巻きつけて焼き上げるレシピや、骨にひき肉を詰めてベーコンで巻きオーブンで焼く再現法など、専用の"骨"まで作られるほどの熱量で、「マンガから飛び出てきたような見た目」を目指して工夫が重ねられています。
フィクションのイメージが現実の商品を生み、その商品を見た別の誰かが再びフィクションへと憧れを募らせる。
「あの肉」は、虚構と現実のあいだを何度も往復しながら、形を変えて生き続けているのかもしれません。


海外のDIY系メディアでも製作者が子供の頃からこの「両端に骨が飛び出た肉」のような食べ物に、ずっと心を奪われていたと語る記事が見られます。
ではなぜ文化も世代も違う人々が、揃って同じ形の肉に惹かれてしまうのでしょうか。
ここから先は私なりの推測になりますが。
1つの理由は、あの形が「豊かさ」をそのまま視覚化した記号だからだと考えられます。
骨が両端から突き出ているということは、それだけ大きな動物を誰にも気兼ねせず一人で抱えて食べているという証拠です。
切り分けたステーキやスライス肉が「上品な分配」を感じさせるのに対し、マンガ肉は「狩った獲物をそのまま独り占めしている」という、原初的な満足感を一目で伝えてきます。
もう1つは手で骨を持って豪快にかじりつくという、「食べ方そのもの」への憧れです。

現代の食事はナイフやフォーク、箸といった道具を介すのが当たり前ですが、あの肉は両端の骨自体が"持ち手"になっているため、道具を介さず直接、力強く食材にかぶりつくことができます。
日常的なマナーを気にせず動物的な欲求のままに食事を楽しんでいい、という許可を与えてくれるビジュアルとも言えるかもしれません。

人類は「骨を両手で持って豪快にかぶりつきたい」という欲求を、フィクションという手段を通じて繰り返し描き続けてきたようです。
あの肉が今もなお人々を惹きつけてやまないのは、人の理想を純粋な形で見せてくれるからなのでしょう。
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