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【掌編小説】受け継がれゆく釣り

 私は海釣りが大好きだ。 
 海釣りをしている時だけ嫌なことを忘れられる。
 優しい海風が、その時だけ私の悩みを吹き飛ばしてくれるのだ。
 そして何だか、少しだけ感情をプラスにしてくれる。
「明日から頑張るか」と。
 私に海釣りを教えてくれたのは、母方の叔父である。
 私は「おいさん」と呼んでいる。
 私の母方の祖父は、その昔漁師をやっていた。
 家から海が近いこともあり、おいさんは幼少の頃、毎日のように海釣りに行っていたそうだ。
 祖父も海釣りが大好きだったようで、おいさんは「釣りの楽しさは親父が教えてくれた」と言っていた。
 しかし、私は自身のショート小説『アイ』で書いた通り、母方の祖父は、私が生まれる前には既に亡くなっており想い出がない。
 だから、私がそっちに逝ったら祖父に釣りに誘おうと心に決めている。
 だが、私は最初から海釣りが好きだった訳ではなかった。
 海釣りどころか、昔は川や池でも釣りをした経験はなく、私の地元はそもそも近くに海がなかった為、興味すらなかった。
 きっかけは私が二十歳になった頃だ。
 おいさんが急に私を海釣りに誘ってきた。
 何故、経験も興味もない私が誘われたのか疑問に思い、それを問うとおいさんは少し悲しそうな表情でこう言った。
「俺の釣り友達は皆逝っちまった……。でもどうしても海釣りがしたくてな……。お前もこの機会に一回やってみないか?」
 それを聞いた私は、どうしても断る事が出来なかった。
 その為、仕事が休みの日に私の車で、約一時間程かかる海へと向かった。
 時期は五月だったことから気温は丁度よく、空一面は青で染まっていた。
 そして、優しい海風が私の身体を通り抜けてゆき心が穏やかになる。
 私は当時、魚釣りをするのが初めてだった為、勿論やり方は全く分からなかった。
 故に、仕掛け等は全ておいさんがやってくれた。
 私は、そのおいさんの姿を見て「こんな細かい作業をするなんて、釣り人とはなんて器用なんだ」と驚いた記憶がある。
 私が初めてやった釣りはウキ釣りと投げ釣りというものだった。
 撒き餌というのを撒くと、臭いでそこにたくさんの魚が集まってきた。
 故に、海一面がキラキラしておりとても綺麗だった。
 ウキ釣りは釣り針に餌をつけ、ウキが沈むと魚が餌に喰いついた証拠であり、一気に合わせると魚が釣れるというやり方だった。
 ウキが沈む瞬間、私は脳汁が溢れる感覚を味わい、釣れた時は何とも言えぬ程の幸福感でテンションがMAX状態になった。
 しかし私は当時、魚を触ることが出来ず、針からの外し方すらも分からなかった。
 それも、おいさんにやってもらった。
 投げ釣りは針に虫餌をつけて仕掛けを投げ、遠くにいる魚を狙う釣り方だった。
 餌の付け方も勿論分からない。
 虫餌は地域によって呼び方が異なるが、青イソメや石ゴカイというミミズのような虫である。
 私は正直、最初は気持ち悪くて触ることすら出来なかった。
 結果、全ておいさんがやってくれた為、少し申し訳なさがあったが、その時はやってもらうしかなかった。
 それよりあの気持ち悪い虫を眉一つ動かさずに素手で触るおいさんを見て、ただ「凄い」と思った記憶がある。
 初めて釣りに行った時に釣れた魚はウキ釣りではアジ、メジナ、カサゴ、アイナメ、投げ釣りではキス、クロダイ、ヘダイだった。
 釣りが終わって帰宅した後、おいさんが釣った魚達を刺身、煮付け、焼き魚と料理までしてくれた。
 私は今まで、魚は嫌いではなかったが好んで食べる程でもなかった。
 しかし、自分が釣った魚ということもあるのだろう。
「美味すぎる」の一言だった。
「自分が釣った魚を料理して食べる。なんて幸せなんだ。それに海は綺麗で癒されもする。こんなにいい趣味は他にない」
 私はそう思うと、気づいた時にはおいさんにこう言っていた。
「来週の休みの日にまた釣りに行こうよ。その時に釣りのことを色々教えてよ。魚のさばき方も知りたい」
 おいさんは海釣りにはまってしまった私を見て、凄く嬉しそうな顔をしていた。
「そっか、お前も海釣りの良さが分かったか。
よし、来週また行くか。その時に色々と教えてやる」
 そう言い、釣りのやり方、さばき方を私に叩き込んでくれた。
 それから時は経ち、私は現在一人暮らしをしており、海の近くに住んでいる。
 その為、休日の時は一人でも海釣りに行っては美味しい魚を釣り、楽しんでいる。
 大型連休の時は実家に帰り、その時においさんと海釣りに行くのが恒例になっている。
 ある日、一緒に海釣りをしていると、おいさんが私にこんなことを言った。
「お前が海釣りをしている姿を見ると、俺がまだ若い頃に親父と釣りをしていた光景を想い出すんだ」
 それを聞いて私は想った。
「そう言えば、よく聞く言葉がある。『人は忘れられない限り死なない』と。もしかしたら、このことを言うのかもしれない」
 私は、綺麗な海と青空を眺めながら微笑んだ。
「そっか……じぃちゃんは死んでいない。おいさんも死ぬことはない。俺もそんな人間になりたい」
 私もいつか、祖父やおいさんが受け継いできた海釣りの楽しさを、誰かに教えてやれたらこれ以上の幸せはないと想っている。
「じいちゃん、おいさんに海釣りを教えてくれてありがとう。おいさん、俺に海釣りを教えてくれてありがとう」
 祖父がバトンをおいさんへ渡し、おいさんが私にバトンを渡してくれた。
 そして次は私が誰かにバトンを渡すことができたならば……。
 まるで、終わることのないリレーのようだ。

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