今のわたしもなかなかにいいじゃない。自画自賛
今のわたしも、なかなかにいいじゃない。
(🔼小さく自画自賛。)
「わたしの凸凹もいいなぁ」
と思えることを書いていると、
ときどき、原点に戻りたくなります。
戻るというより、
螺旋階段を一段のぼって、
もう一度、同じ景色を見に行く感じ。
今日は、そんな原点を紹介させてください。
前に書いた記事。
「何者でなくても、今日の自分を
とっておきにしていい」
当時の私は、
「わたしって、どんな人?」
その問いを、やさしく続けていました。
「今日のわたしにできる、とっておきなこと。」
そんな小さな実験を重ねながら、
少しずつ、自分を知ろうとしていました。
あの頃は、
わたしってどんな人か?
手探りをしているつもりでした。
でも今読み返すと、
実は、もう少し先まで歩いていた
みたいです。
「今日は、このコーヒーを飲みたい。」
「白い綿のTシャツを買おうか。」
そんな小さな願いを書いて、
できることだけ、やってみる。
それは、
自分の気持ちを知ることでもあり、
「どうして、それがうれしいんだろう。」
と、自分を眺めることでもありました。
そして、
その気持ちを否定せずに、
「じゃあ、やってみよう。」
そう思えた瞬間は、
もう「わたしの凸凹もいいなぁ」の
入り口だったのかも
しれません。
あの頃の私は、
日々の暮らしが、そんなステキな
心持ちになること とは
全然わかっていませんでした。
ただ、
「なんか、いい気がする。」
くらい。
ずいぶん、ふんわりしています。
でも案外、
人生を動かすのは、
その「なんか」だったりするの
かもしれません。
自己理解「わたしってどんな人」をすると、
自己分析「ほんまのわたし?」につながる。
自己分析「わたしの凸凹もいいかも」を
続けると、
少しずつ自己受容
「わたしの凸凹もいいなぁ」
が育っていく。
でも、
一度わかったら終わりではありません。
今の自分になると、
また新しい自分が見えてきます。
だから私は、
何度でも自己理解
「わたしってどんな人?」に戻ります。
戻るたびに、
前とは少し違う景色が見えるから。
螺旋階段みたいに。
同じ場所にいるようで、
ちゃんと一段ずつ進んでいる。
だから今日の私は、
あの頃の記事を読んで、
こう思いました。
今のわたしも、なかなかにいいじゃない。
小さく自画自賛できる自分まで、
ちゃんと育っていました。
もし、自己理解から自己受容のワーク
#1 ~7 シリーズを 途中から
読んでくださった方がいたら。
このわたしをとっておきにしていい
と思えた原点の記事も、
今の文章と見比べながら読んでもらえたら、うれしいです。
案外、
少し前の私が、
今の私にヒントをくれているかも
しれません。
#原点
#自分の原点
#陽気
#自己受容
#自己理解
#凸凹
#自画自賛
#お一人様もいい
わたしのつぶやき💬
投稿前に、下書きを読み返す時間があります。
オルゴールを流しながら、
「これで伝わるかな。」
「今のわたしらしいかな。」
そんなことを思いながら、
一度ゆっくり読み返します。
(天然+国語力の問題もあって。
応援してる方の中には、ここ
同じじゃん。と教えてくれる方まで♡)
すると、ときどき失敗っぷり
&たちなおりの
自分の文章なのに
泣けることがあります。
そんな話を親友にしたら、
親友💬「それ、自給自足。」
って笑われました。
たしかに。
自分の言葉に、自分が励まされる。
お金はかからないのに、
心は、ちゃんと満たされる。
そんな豊かさも、あるんだなぁと思います。
あっぱれ。w
