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過酷すぎる私の受験体験記

初めまして。ぷにと申します。

固定記事では割愛していた私の受験生時代の生活について、赤裸々に語っていきます。

記事が長いので、時間のある方だけお読み下さい。(約5700字あります。)

それはもう想像を絶するほどの過酷さでした。

でも、これを乗り越えたから今の自分があるって誇りを持って言えます。この経験は、私にとって誰にも奪われたくないかけがえのない財産です。

そんな私の経験を、こちらの記事で公開します。

良ければ、最後まで読んでいただけると嬉しいです!目次を目安に、お好きなところからお読み下さい!

受験を意識し始めた高校2年生

私は通信制高校出身です。そのため、高校受験はおろか勉強なんてしたことのない人間。

毎日ゲームをするのが大好きでした。常に頭はゲームのことでいっぱい。

ですが途中でふとゲームに対して飽きがきて、その時に思ったんです。

「このままゲームばっかりしている人生でいいのか?」と。

当時は高校2年生の4月。自分が何をしたいのかもわからず、漠然とした焦りを抱えていました。

私は、小学生の頃からなんとなく大学生に憧れを持っていました。大学生ってかっこよさそう!頭良くて、大人の仲間入りって感じ。

昔から大学への憧れがありました。

最終的に大学に行こうと決心する決め手になったのは、「最終学歴を通信制高校で終わらせたくない」でした。(日記にそう書いてありました。)

そうして、私は大学受験をする決断をしました。

勉強法が全くわからない

大学に行く!って決めたはいいけど、どうやって勉強するのかさっぱりわからない。

今まで真面目に勉強をした経験がないので当然と言えば当然です。

「うーん。まず英語は受験科目として必要そうだから、英単語帳をやればいいのかな?」

ということで、英単語帳をぼちぼち始めるようになりました。

けどやっていた勉強としてはそれだけ。まあ覚えればなんとかなるでしょ!精神でコツコツ取り組んでいたのを覚えています。

私は一度決めたら一直線で取り組むタイプだったので、受験勉強する!と決めてからゲームの時間を減らし、英単語を覚える時間を作っていきました。

それでも、その先の勉強法がわからない。とにかく未知の世界でした。単語やって、文法やる??その後は何するの???

常に頭に「?」が浮かんでいました。でもやらないよりは勉強したほうがマシだと思って、身になっているのかどうかも怪しい効率の低い勉強を続けていました。

人生初、塾に入塾する

やっぱり勉強法がわからない。なので、親に頼んで塾に入れてもらうことに。

高校2年生の時に、人生初の塾に入りました。そこで、先生に1対1で勉強を教えてもらいました。

塾内では、これを取り組んだあとは次にこの教材に取り組んで…と明確なカリキュラムがありました。

私は、「あ、なるほど、これやってればいいんだな」って取り組むべき事が明確になったので安心しました。

高2の模試で偏差値39を叩き出す天才

塾に入ってから数ヶ月経った頃。

「今の実力を知るために問題が解けなくても模試を受けてみるのも大事ですよ〜」と言われ。

そこで模試を受ける事に。模試受けるって言っても、せいぜい英単語と文法ちょっとかじっただけなので、全く自信がありませんでした。

その他の科目に関してはほぼノー勉です。

模試の試験日当日。本番受けるであろう形式に似た問題がテストとして出されました。つまり共通テスト形式の問題。(旧センター試験です。)

解く前に、重大なミスを犯している事に気づきます。

「時計がない」

時計がないから、試験時間が何分経っているのかわからない。そもそも試験に時計が必要だってことも知らなかった。

自分が解ける限り問題を解きました。もちろん全部解き終わるわけもなく。

英語なんて、全部長文です。読めるわけないでしょ…って思いながら、もうほとんど勘で選択肢にマークしてました。

そうして、模試が終わりました。解けなかったけど、偏差値の平均は50って言うし、50あれば嬉しいな〜なんて、呑気な考え。

実際に、帰ってきた結果を見ると、

英語、偏差値39。

?????

100点中23点しか取れていません。(これ、同じ選択肢全部マークしても取れる点数では…?)

自分の勉強の出来なさに、愕然としました。

もうその日は、模試の結果を丸めて捨てて、自分には大学なんて行く資格ない。どの大学も受からないって、1人落ち込んでいました。

落ち込んでいたどころじゃないです。もう絶望でした。(模試ごときで…って思うかもしれないですが、当時は豆腐メンタルだったんです)

そこから、絶対勉強できるようになってやる。目指すなら出来る限り上位の大学狙う。と目標を決めて、常に勉強する生活が始まります。

受験生となる高校3年生の4月

月日はながれ高校3年生に。高2の間は塾に通いつつ、勉強メインの日々を送っていました。

高校3年生の段階で、偏差値39だった英語は偏差値50に。高校2年の時は、とにかくがむしゃらに勉強をしていた時期でした。(勉強の質は低かったかもしれないけど)

けれど、目標としている大学は偏差値60超え。正直まだまだ程遠い道のり。少なくともあと1年で偏差値を10上げないといけない。

高校3年生になったら、大好きなゲームを完全に封印。スマホを見る時間もできる限り制限していました。とにかく勉強漬けの毎日でした。

教えてくれた先生の態度が豹変する

高3の5月のある日。高2から今まで、ずっと担当をしてくれていた先生がいました。その先生は頭がよくて、優しい人でした。

高2の時は「今出来なくても大丈夫。これから出来るようになるから」

こんな風に、励ましの言葉をくれていました。
けれど、高3になってから先生の態度が一変。

「なんでこの問題解けないの?前教えたんだけどな〜」

「この文法知識、中学生でも知ってるよ!!(呆れ気味に)」

はい…そうですか…。とただ相槌を打つことしかできず。

原因はわかりません。おそらく受験生と呼ばれる学年になって、基礎的な問題でつまづいていることに不満を持ち始めたのでしょう。

そうしてだんだん先生自身が焦り始める。その焦りは、生徒として授業を受けていた私にも伝わってきました。

「これやれば長文伸びるって言ったよね!?なんでやらないの!?」

もう耐えられない。私は限界を迎えました。

その時に私の親に、

「塾やめたい。」「先生が怖い」とLINEで送りました。

「なんで?あんなにいい感じの先生だったのに。」と。

私もそう思います。けれど、もうこの先生の授業を受けたくないって思ったんです。

「じゃあ、塾変える?別の場所で教えてもらう?」

そうして、1年お世話になった塾を辞め、新たに別の塾を探す事になりました。

模試の結果を見て、罵倒される始末

高3の夏。受験で1番大事とも言える時期に、塾を探していました。

そんなこんなで良さそうな塾に絞り、近場の塾で受験相談を受けることにしました。

「今塾を探していて、志望しているのは〇〇大学です。」

「それならまずは無料体験授業を受けようか。そろそろ過去問に入る時期だし…」と。

そうして、無料体験の授業を受ける事に。

「あっそうだ。せっかくなら最近受けた模試の結果持ってきてよ。実力を確認したい。」

塾長にそう言われました。

勉強量の割に全く成績が伸びていないし、模試の結果が振るっていないのは自分が1番わかっていました。

塾内の無料体験授業を終えて、模試の結果を見た塾長と話をする事に。

「えーーっと。模試の結果を見たんですけど。今の状況だとちょっと厳しいかな…と。」

「はい。」

「〇〇大学に行きたいんだよね?今の段階でこの成績なら、浪人を覚悟したほうがいいんじゃない?」

「…」

「ほら、第二志望もこの判定だし…。上を目指すのはいいけど、抑えの大学も考えたほうがいいよ。」

「滑り止めって事ですか?」

「そうそう。自分の実力にあった大学を受けたほうがいいんじゃないかな〜。もっと下のレベルの大学を目指すのが賢明だと思うよ。」

「はい。わかりました。」

とにかく悔しかった。結果だけ見たらできていないように見えるけど、実際は誰よりも勉強している自覚がありました。

心の中で、「誰に言われようと、自分が受かると思えば受かるんだ」って思ってました。

自分を何も知らない人間が、結果だけ見て勝手に口出しするんじゃないと。

結局この塾には行かず、別の塾を探す事になりました。

そして、次に入った塾が、自分の人生を変えるきっかけとなります。

尊敬できる人と運命の出会い

別の塾で2度目の受験相談。

「〇〇大学を目指してて…。」

「お!いいね!今どれぐらい勉強進んでる?」

「今この参考書に取り組んでます。基礎はある程度終わらせました。」

「かなり進んでるね!この調子でいけば目指せるよ!」

前の塾長とは明らかに違う返答。何よりもまず、自分の取り組みに目を向けてくれていることが嬉しかったです。

そして、私の話を真摯に聞いてくれました。

「うんうん。そんな事があったんだね」って。

この受験相談を受けた瞬間、もう私にはこの塾しかない!と直感が舞い降りてきました。

「今すぐに入塾したいです!」とせがんで入塾しました。

そこで教えてくれた先生も、とても丁寧でした。

怒ったりはせず、「この問題解けるにはどうしたらいいと思う?」とか、「この問題は、この部分に注目して解くと解きやすいよ!」とか。

勉強法以外にも、受験する上で大切な事をたくさん教えてもらいました。

この先生は、本当に今でも感謝しているし、尊敬できる先生です。またいつか会えたらいいな。

それでも、なかなか成績は伸びてくれず、偏差値はいつも50〜55止まり。現実は厳しいです。

共通テスト、まさかの大失敗

月日は流れ、ついに共通テスト本番。

今まで勉強してきた事を発揮して、ベストを尽くそうと思っていました。

が、緊張もあったのか、解けている気が全くしませんでした。

「あ〜これやらかしてるかもな…。」と。

全てを解き終え、自己採点しました。得意の科目で大幅失点していました。

いつも練習で解いている時よりも、明らかに点数が低い。

ここでもうこの世の終わりかってぐらい落ち込みました。

落ち込みすぎて、テスト終わりにトイレに2時間こもりました。もう、後がないって。

気が狂ったのか、問題用紙の紙を使って鶴を折りました。

え????って思うでしょ。

本当です。

問題用紙の紙を使って鶴を折りました。(写真あります)

今思えば笑い話。だけどこの時は本当に窮地に追い込まれていました。

たしか「鶴を折れば縁起がいいから、点数が良くなるはず。」みたいな感じだった気が…。

それ以外にも、問題用紙を破ってゴミ箱に捨てたりと、もう発狂状態。

心の中がめちゃくちゃでした。

共通テスト後、成績が急に伸び始める

こんな状況でも、「まだ次があるよ!終わりじゃないから!」と、塾長さんは私のことを励ましてくれました。

本当に、ここで心の支えとなる人がいてくれて良かった。心の底からそう思います。(そうじゃなかったら、あの後どうなっていたか…)

共通テスト後も試験が続きました。

もちろん、共通テストが終わった後も、試験が続くので勉強は続けていました。

共通テストって本番の試験なので、これ以降に模試があることってほとんどありません。

けど、気付いたら、お?なんか解けるようになってきたかも…と自分でも気づけるぐらい、問題が解けるようになっていました。(これがブレイクスルーって言われるもの…?)

そこから急激に点数が上がりました。たった1ヶ月という短い期間でしたが、今まで勉強してきた中で1番成績が上がった実感がありました。

中でも、自分が確信を持って問題を解けているという実感が生まれました。

「もしかしたら行けるかもしれない…!」と、かすかな希望を持ちながら。

そうして、全ての試験が終了。私の2年間にわたる受験勉強が終わりを迎えることとなります。

最終的に、第一志望には届きませんでしたが、第二志望の大学に合格しました。

(私を受け入れてくれる大学あったよ!良かったね!昔の自分!)

この経験から私が伝えたいこと

どんな人間でも、本気でやれば変われます。たとえ実力がなかったとしても、ひたむきに努力すればできないことはありません。

私が今通っている大学は、あの時、模試の判定を見て罵倒された大学です。

判定を出すために書いた大学と、全く同じ学部、専攻の大学に通っています。(当時の塾長が今の私を見たらどう思うのでしょうか…)

実際に実力が伴っていなくても、結果さえ出せば誰にも文句は言われない。

そう思っています。

その後、私は受験生の時にお世話になった塾(1番最後の塾)で、塾講師としてアルバイトをしています。

尊敬できる人の元でバイト出来ている事が最高に幸せです。さらに、自分の経験を通して、これから受験をする生徒さんにアドバイスをする事もできています。

私はもともと、勉強が出来るタイプではなかったので、出来ない人の気持ちもわかります。

なので、相手の気持ちに寄り添って接する事ができていると思います。

教えるときは、「なんで出来ないの?」という風に、上から目線では絶対に教えないようにしています。(昔私が先生にやられた教え方…。)

受験はしんどかったけど、経験しておいて良かったな〜と今振り返れば思います。

今のあなたに伝えたいのは、

「何でもやれば絶対に出来るから、諦めないで欲しい。」

どんなに周りが無理だと言っても、自分が絶対に出来ると思えば出来ます。

そして、どんな状況からでも這い上がれる。人間には誰でもその力が備わっています。

結局、私は大学でも色々あり1年休学しました。

今は復学して、大学に通う事ができています。そして、今が一番幸せだと胸を張って言えます。

人生は自分の手で切り開く事ができます。いつでも。どこからでも。

諦めなければ必ずできます。

最後に一つ。

「人生最後には上手くいくから!大丈夫!」

長くなりましたが、最後までお読みいただきありがとうございます。

(長文駄文で読みづらかったら申し訳ありません…!適宜修正入れます。読んだ感想も教えてくれるとなお嬉しいです!)


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