見出し画像

蒼いLove Letter|vol.4|好きな人の好きな人になれなかった私

美悠は大学二年生。
駅前の小さなカフェでバイトをしている。

コーヒーの香りと、ミルクを泡立てる音。
昼は学生、夕方は会社員、夜は静かに本を読む人。

そんな店で、私は週に三日働いている。

同じシフトに入ることが多いのが、幸一。
同じ大学二年生の、バイト仲間。

背が高くて、よく笑う。
お客さんにも自然に話しかけるから、
常連にも好かれている。

私はカウンターでグラスを並べながら、
レジに立つ幸一を見ることが多い。

きっとこの人は、どこにいても人に好かれる。
そんなタイプなんだと思う。

そしてたぶん、
私もその中の一人だった。


ある日、私はカウンターでコーヒーを淹れていた。

豆を挽き、ゆっくりお湯を落としていく。

「いい匂い」

振り向くと、幸一がカウンターをのぞき込んでいた。

「ちゃんと働いてる?」

私がそう言うと、幸一は笑った。

「働いてるって」

それから、ふっと言った。

「美悠の入れるコーヒーが好きなんだよな」

「……なにそれ」

「なんか落ち着く味する」

そう言って、幸一はレジの方へ戻っていった。

幸一はたまに心をざわつかせることを言う。
だから私は、ついこの人のことを見てしまう。

その日の夕方。

レジに一人の女性が並んだ。

私とあまり年齢は違わないと思う。
落ち着いた雰囲気の、きれいな人だった。

「お会計お願いします」

幸一がレジを打つ。

私は少し離れたカウンターで、
カップを拭きながらその様子を見ていた。

女性は財布からお金を出し、
それと一緒に小さな封筒を差し出した。

「……これ」

一瞬、時間が止まった気がした。

幸一が驚く。

「え?」

「読んでください」

それだけ言うと、女性は軽く頭を下げて、
足早に店を出ていった。

ドアベルがチリンと鳴る。

店の空気が、少しだけ変わった。

幸一は封筒を見つめている。

「……なにこれ」

小さくつぶやいた。

私は何も見ていないふりをした。
カップを拭く手だけが、やけにゆっくりになる。

ただの手紙じゃない。

そんな気がしたから。


閉店後。

椅子をテーブルに上げ、
モップで床を拭く。

照明も半分落ちて、
昼とは違う静かな店になる。

幸一はレジの締め作業を終えると、
ポケットからあの封筒を取り出した。

「……開ける?」

少し困ったように笑う。

「私に聞かれても」

私はグラスを並べながら言う。

「だよな」

幸一は封を切った。

紙の擦れる小さな音。

便箋を取り出し、読み始める。

最初は普通の顔だった。
でも途中から、少し表情が変わる。

驚いたような。
困ったような。
どこか照れているような。

私はそれを見てしまった。

胸の奥が、
ほんの少しだけざわつく。

「……ラブレターだった」

幸一がぽつりと言った。

やっぱり、と思った。

そう思ったけれど、
私はカップを拭きながら言った。

「誰?」

「常連さんらしい」

「へぇ」

それ以上、聞かなかった。

聞いたら、
何かが変わってしまいそうだったから。

帰り道。

駅までの道を二人で歩く。

夜の空気は少し冷たい。

「どうするの?」

私が聞いた。

「ん?」

「手紙」

幸一は少し考えて言った。

「かわいかったよね。めっちゃタイプの女性。」

その言葉を聞いた瞬間、
胸の奥で小さく何かが沈んだ。

そのとき、気づいた。

ああ。

私、この人のことが好きなんだ。

でも同時に分かった。

この恋はきっと、
私のものにはならない。


次のバイトの日。

鏡の前で、
眉がうまく描けなかった。

理由なんてないと思いたいのに、
やっぱりあのことを考えている。

あの女性より、
少しでもかわいく見られたい。

かわいく見られたいなんて、
そんな自分をいちばん嫌っているのは私だったのに。

私は少し早く店に入った。

コーヒーミルを回す。
ガリガリと豆を挽く音。

いつものカフェの朝。

ドアベルが鳴る。

「おはよう」

幸一だった。

いつもの笑顔。

でも私はどうしても
あの手紙を思い出してしまう。

「昨日どうしたの?」

なるべく自然に聞く。

幸一は少し笑った。

「会ってきた」

胸の奥が揺れる。

「どうだった?」

少しだけ沈黙してから、幸一は言った。

「びっくりした」

「?」

「向こうは、よく僕のこと見てくれてたみたいで」

少し照れたように笑う。

「俺もさ、実は気になってたんだ」

そして肩をすくめる。

「でも常連さんだし、話しかける理由もなくて」

少し間をおいて続けた。

「だから、正直嬉しかったんだ」

淹れようとしていたドリッパーの手が止まった。

一瞬だけ、
コーヒー豆の香りがやけに強く鼻についた。

私は顔を上げずに、ドリップを再開した。

幸一はエプロンをつける。

そしてレジに向かう。

「いらっしゃいませ」

いつもの声。
いつもの笑顔。

私はカウンターでカップを並べながら思う。

あの日レジで渡された
小さな封筒。

私にとっては、
恋を気づかせる手紙だった。

今は、好きな人の
好きな人にはなれなかった。

それでもいいと思った。
それくらい、私はこの人のことが好きだった。



その夜。

家に帰って、
机の引き出しを開けた。

白い便箋を一枚取り出す。

ペンを持つ。

そして私は、
ゆっくりと書き始めた。

「幸一へ」

書いても、
きっと渡さない。

それでもいい。

この手紙は、
あなたに届くためのものじゃない。

私が恋をしていたことを、
私自身が忘れないための手紙だから。


▶ 次の物語
vol.5|リケジョの恋 ~予測不能な恋の化学反応

▶ シリーズ一覧
マガジン|蒼いLove Letter

▶ 作者
Ryo.|プロフィール・作品一覧


いいなと思ったら応援しよう!