爪の先ほどの、静かな終わり方について
五月三十日という日付には、どこか潔い響きがある。
語呂合わせに導かれた「ゴミゼロの日」という名称は、あまりに理想主義的で、少しだけ背筋が伸びるような、あるいは少しだけ居心地が悪いような、そんな気分にさせてくれる。
この運動の起源は一九七〇年代の愛知県豊橋市にあるという。
今ではこの日から六月五日の「環境の日」までが推進週間とされ、日本中の街角で、誰かが捨てた誰かの生活の残骸を拾い集める光景が見られるようになった。
しかし、ゴミをゼロにするというのは、実のところ、重力を無視して歩こうとするくらいにハードルの高い試みだ。
僕たちは生きているだけで、まるでそれが市民としての正当な権利であるかのように、休むことなく何かを消費し、何かを排出し続けている。
現代において、ゴミを出さない生活を送ることは、ある種の修行に近いのかもしれない。
かつて、この東京が江戸と呼ばれていた頃、そこには完成された循環の輪があった。
「屑屋」という職業が、街の動脈のように機能していた時代だ。
使い古された紙は再生紙へ、折れた傘の骨は再び雨を凌ぐ道具へ。
生ゴミは土に還り、植物を育てる糧となった。
着物は最後の一片が雑巾やオムツとしてその天寿を全うするまで、何度も繕い直された。
当時の一般家庭から出る一日のゴミは、せいぜい「手の爪半分」ほどだったという説がある。
想像してみてほしい。
一日の生活の痕跡が、指先に残るわずかな角質ほどの重さしかない世界を。
それは「もったいない」という言葉が、まだ概念ではなく、呼吸と同じくらい当たり前の所作だった時代の物語だ。
それに比べて、僕たちが作り出した今の風景はどうだろう。
僕たちは毎日、膨大な量の「かつて必要だったもの」を視界から消し去ることに心血を注いでいる。
見えない場所に隠し、遠くへ追いやり、それで片付いたことにしている。
そして、それは物質に限った話ではないのかもしれない。
人もまた、使い捨てられる時代に生きている。
映画の中で、かつて一人の大佐が「人がゴミのようだ」と高らかに笑った。 東京の持つ、冷徹なまでの効率重視の賛美ともとれる言葉。
そして江戸の持つ、循環型の社会への拒否ともとれる態度。
だけど、たしかに人がゴミという事には納得する事もある。
人は、生きているかぎりゴミは出し続けている。
そして、彼自身もまた効率の中で、滅んでいく。
そこには不要と判断された瞬間に、ただ排他されるだけの冷ややかな論理があった。企業という社会でも同じ。
効率という篩(ふるい)にかけられ、こぼれ落ちていく。
それは物質も人間も変わらない。
だが、もし。
現代の片隅に、江戸時代のあの執念に近い「もったいない」を蘇らせることができたら、景色は少し変わるだろうか。
古びた技術を磨き直し、もう一度だけ現場へ戻す。
消え入りそうな誰かの矜持を拾い上げ、最後まで使い切る。
それは、かつての輝きを取り戻すという華々しい再起ではない。
ただ、まだ灰になりきっていない炭たちが、もう一度だけ熱を持つために、静かにくすぶり続けるということだ。
その爪の先ほどに残された情熱が、灰になっても、まだ若き植物を育てる助けになるのだとしたら。
それは、職場の片隅でまだ手を動かしている誰かの姿かもしれない。
あるいは、古びた技術をもう一度だけ磨こうとする手の震えかもしれない。
世界から完全にゴミが消える日は来ないだろう。
それでも、自分の出したものがどこへ行き、何に変わるのか。
それを考える時間だけは、誰にも捨てられずに持っていたいと思う。
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