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定年退職日記:最終出勤日

最終出勤日の朝、アラームが鳴る数分前に意識が浮上した。
カーテンの隙間から滑り込んできた七月の光は、まだどこか頼りなく、部屋の隅に溜まった昨夜の暑さを残していた。

いつも通りにクリーニングから戻った白いワイシャツに腕を通し、いつも通りの時間に家を出た。
駅へと続く坂道も、線路沿いの公園の道も、何も変わっていないはずだった。
しかし、プラットホームに立ったとき、足の裏から伝わる感触だけが妙に研ぎ澄まされていた。
まるで地面と靴の間に、薄い膜が一枚挟まっているような、あるいは重力の設定がわずかに書き換えられてしまったような、そんな心許ない感覚だ。

やってきた電車のドアが開き、僕は吸い込まれるように乗り込んだ。
車両の中には、日常という名の重石を律儀に抱えた人々が、それぞれの目的地へと運ばれていく。
彼らにとっての「いつも通り」と、僕にとっての「最後」が、同じ吊革を揺らしていた。

定期券の有効期限はその役割を終えていた。
ただ少しのチャージが残っていた。
それは出張や外出で利用し、汗をかいた残滓でもあった。

そして磁気情報の死。

それは、僕が何十年もの間、この巨大な組織という歯車の一部として機能してきた時間の終わりを告げていた。

世界は相変わらずそこにあり、僕を縛り付けていた糸だけが、ぷっつりと断ち切られたのだ。

いつもの路線を走り、いつもの駅で乗り換え、習慣という名の磁力に引かれるままいつもの喫茶店へと滑り込む。

テーブルに運ばれてきたアイスコーヒーを一口飲む。
氷がグラスに当たる乾いた音は、今日に限っては小さい鈴の音のように澄んで聞こえた。
舌の上に広がる深い苦みは、この場所での経験を混ぜ込んだ味だった。

いいようのない感情が鼻の奥を抜けていく。
それは感傷というよりは、長年使い古した道具を棚の奥に仕舞い込むときのような、静かで、それでいて確かな手応えを伴うものだった。

自分で吐き出したメンソールの煙の形が、少しずつ輪郭をぼかしていく。
普段から吸っているその青白い煙が、今日だけは僕の人生の儚い断片を可視化しているように思えた。

いつもなら、ここでスマートフォンの画面を開き、未読メールの山を一つひとつ片付けながら、仕事モードへと心を無理やりリセットしているはずだった。
しかし、明日のない僕にはその必要がない。
その点において、ここでの僕の心は自由だった。

店を出て、会社へと向かう横断歩道を渡る。
何度も足裏で踏み固めてきたアスファルト。
信号待ちの数分間、いや数秒だろう。
僕の日常は、驚くほど大量の「いつもの」という部品で構成されていた。
そのあまりの多さに少しばかり閉口し、同時に、それらが二度と再現されないものであることに気づかされる。

会社のゲート、エレベーターの振動、ロッカー室の独特の匂い、
そして長年付き合ってきたデスクの傷。
それらは僕の一部だった。
あるいは、僕がそれらの一部だった。

ただ、今日という日だけは、こなすべきタスクが決定的に異なる。
私物のロッカーの整理と清掃。
キーボードとマウスの埃を払い、ノートパソコンを返却する。
長い間スーツにもつけずに、大事にしまっていた社員証を返却する。

そして、何人かの知人ととりとめもない会話を交わし、
何人かの上司に「お世話になりました」と、季節の挨拶のような軽やかさで言葉を置いた。

いくつかの書類を鞄に仕舞えば、午後にはこの場所から「解放」という名の荒野へ放り出されることになる。

なくしてしまった「いつもの」は、もう二度と戻ってこない。
それは少し寂しいけれど、案外悪くないことだ。




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