隠れコーヒーバッジング
出社が「儀式」になりつつある今、働く人々はどんな本音を抱えているのか。 海外で話題の“Coffee Badging”という現象は、単なるサボりではなく、私たちの働き方に潜む「信頼」の揺らぎを映し出している。
これまでの投稿と少し角度を変えて、仕事の事についての話です。
出社してコーヒーを飲んだら、姿を消す。――「Coffee Badging」が問いかける信頼の形。
最近、海外で話題になっている「Coffee Badging(コーヒーバッジング)」という言葉をご存知でしょうか。
朝、オフィスに出社する。同僚と顔を合わせ、「おはよう」と挨拶を交わしてコーヒーを一杯。
そのまま小一時間ほど滞在して「出社した」という既成事実(バッジ)を作ったら、風のように姿を消す。 そんな、静かにルールの隙間をすり抜けるような働き方のことです。
営業の直行直帰と似ているようでいて、これは事務職の話です。
つまり、本来は「オフィスにいること」が前提とされてきた職種にまで、この現象が広がっているのです。
これが単なる「サボり」や「不真面目」に見えるとしたら、それは少し時代を読み違えているかもしれません。そこには、現代の私たちが抱える、切実な本音が透けて見えます。
効率を知ってしまった私たちの、静かな抵抗
パンデミックを経て、私たちは知ってしまいました。
「毎日定時、全員出社」をしなくても、仕事は回る。
むしろ、移動時間を削り、静かな環境で集中したほうが、はるかに高い生産性を発揮できることもあるという事実に。
一方で、多くの企業はいま、RTO(Return to Office:オフィス回帰)の旗を掲げています。
「オフィスを借りるコストを正当化したい」「目の届く範囲で管理しないと不安だ」 そんな経営側の論理と、個人のウェルビーイングや合理性を重視するミレニアル・Z世代の価値観。
この深い溝から生まれたのが、Coffee Badgingという現象です。
正直に言えば、満員電車に揺られてたどり着いた先で、結局一日中オンライン会議をしているのは、どうしても効率的とは言えません。
とはいえ、従来の働き方に価値を見出す世代への配慮も必要です。
だからこそ、私たちは「こっそり」と、自分の心地よさと効率を守るための抜け道を探すのです。
昭和の会社人の代表であったような僕にとって、会社に行く事は、仕事がなくなった今でも、「学校へ通う」と同等に、義務の一部になっているのだとは思っています。
一方で、企業側の言い分も、そこに給与というご褒美がある以上、これも権利の行使なのでしょう。
「偶発的な創造性」と、失われた信頼
もちろん、企業側の言い分も理解できます。
喫煙室での何気ない雑談からアイディアが生まれたり、隣の部署との立ち話で問題が解決したり。
そんな「偶発的な創造性」は、画面越しのやり取りでは生まれにくい、オフィス出社の大きな価値です。
ただし、オフィスで自席に座って一日を過ごす大半の人には、効果が薄く感じられるのかもしれません。
なぜなら、偶発的な創造性は「人が集まっていること」よりも、「適切な人同士が交わること」のほうが重要だからです。
管理職が「部下の状況が見えない」と不安を抱く気持ちも、決して理解できないわけではありません。
彼らもまた、成果で評価される仕組みが整っていない環境で働いているからです。
しかし、それを盾に強制的な出社を命じることは、今の時代、逆効果になりかねません。
日本には今も「顔を合わせて仕事をする」という価値観が根強く残っていますが、従業員はすでに「合理性」の味を知っています。
ルールで縛れば縛るほど、人々は正面から反発するのではなく、より巧妙に、より目立たない形でルールを回避しようとするでしょう。
結局のところ、問われているのは「信頼」の二文字に集約される気がしてなりません。
「保守への回帰」と、これからの評価
ある政治家の発言が話題になった事があります。
「ワークライフバランスは無視し、懸命に業務に邁進する」 この時代に逆行するかのような宣言に対し、SNSでは「日本人は長時間働く以外に特技はない」といった自虐を交えた容認の声も見られました。
社会全体が「強力なリーダーシップ」や「長時間労働の賛美」という保守的な空気に包まれれば、一時的にCoffee Badgingをためらう人は増えるかもしれません。
人事評価や昇進が怖くて、表面的にはルールに従うふりをするでしょう。
けれど、一度知ってしまった「自由」と「合理性」を、私たちは忘れることができません。
今の世代は、組織への盲目的な忠誠心ではなく、自分の人生に対する「合理的精神」に基づいて動いています。
抜け道を探さなくていい関係へ
「隠れCoffee Badging」が蔓延している職場は、企業と従業員の間の信頼関係が揺らいでいるサインです。
企業側にいま求められているのは、管理を厳しくすることではなく、「成果」を正当に見る仕組みを整えることではないでしょうか。
何時間デスクに座っていたかではなく、何を、いつまでに、どのクオリティで仕上げたか。
そのアウトプットを信頼し、プロセス(働く場所や時間)の自由を認める。
企業が従業員を信頼し、柔軟性を差し出したとき、初めて従業員も「この会社に貢献しよう」という自発的な意欲を抱くはずです。
形だけの出社と、本質的な生産性。
その乖離を埋めるのは、厳格なタイムカードではなく、一人ひとりをプロとして扱う「信頼」の再構築から始まるのだと、私は信じています。
信頼がある職場では、抜け道は必要ありません。
互いを縛るルールではなく、互いを支える関係があるからです。
抜け道を探すくらいなら、いっそその心配のない企業への転職を考える事も方法でしょう。
それも選択肢になるほど、今の時代はシビアなのです。
今の僕には、もう信じることくらいしかできませんが、
「働くことは、相互信頼の畑でしか育たない。」
働く側も働かせる側も、その意識が必要なのです。そう信じています。
そしてお聞きします。あなたの職場に、信頼はありますか?
この記事について、あなたの考えを聞かせてください。
「Coffee Badging」は不誠実だと思いますか? それとも、現代を生き抜くための賢い生存戦略だと思いますか? ぜひコメント欄で教えてください。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いいたします。m(_ _ )m チップは今後の執筆活動の助けとして、書籍や情報収集に使わせていただこうと思います。