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なんてことない雲のはなし

ベランダから海が見える場所に住みたい、とずっと思っていた。
実際に住んでみると、海を見るということは、必然的にその上にある莫大な量の空も同時に引き受けるということなのだと知った。
水平線はいつだって頼りないくらいに細く、そこが空と海の厳密な境界線だった。

よく晴れた、絵に描いたように暑い夏の午後だった。
テレビの向こうで、誰かがゲリラ豪雨の話をしていた。
僕は背中でその声を聞きながら、手には火をつけたばかりの煙草を持ってベランダに出た。

ふと目線を上げると、遠くの街に巨大なキノコが生えている。
もちろん、それは世界がいよいよ破滅に向かうための物騒な陰影ではない。 人類はときどき信じられないくらい愚かな選択をするけれど、幸いなことに、その日の午後はまだそこまでの馬鹿をやっていなかった。

太陽の表面温度に匹敵する火球の代わりに、そこにあったのは「かなとこ雲」と呼ばれる、ただの巨大な雲の塊だ。
入道雲がこれ以上は上に行けないという限界(対流圏界面、と気象予報士なら呼ぶのだろう)まで成長し、頭を平らにして横へと広がり、見事なカナトコの形を成している。

その下では、今まさに世界の終わりかと思われるほどの土砂降りと、激しい雷雨が街を叩いているはずだ。
しかし、ここから見る限り、それはただ静かに沈黙を保っている。
遠すぎる悲劇は、ときにひどく美しい。

煙草の灰が静かに足元へ落ち、それからしばらくして、僕のいる場所にも世界を公平に濡らすための雨が静かに降り始めた。

部屋に戻って、ビールでも飲もう。
あの遠くの巨大なキノコによく似た、エリンギのバター炒めでもして。






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