女性研究者になるまでにかかった「年数」と「お金」の正直な話|博士課程・研究施設・助教のリアル
はじめに|「研究者ってどうやってなるの?」に正直に答えます
「研究者って、どうやってなるんですか?」
知人にそう聞かれるたびに、少し答えに詰まる。なんとなくイメージはあると思う。大学を出て、大学院に行って、博士号を取って……。でも、実際にその道を歩いてみると、想像していたよりずっと長くて、ずっとお金がかかって、ずっと先が見えない期間が続いた。一言では言えないくらいいろんなことがあった。
私は現在、某大学で助教をしている女性研究者だ。学部4年、修士2年、博士3年、研究施設6年を経て、30代で今のポジションに着いた。トータルで学部入学から数えると、約15年。
この記事では、女性研究者になるまでの「年数」と「お金」を、できるだけ正直に書いてみる。博士課程への進学を迷っている人、女性でアカデミアに進もうか悩んでいる人、研究者のリアルを知りたい人に、少しでも参考になれば嬉しい。
① 学部〜助教着任まで、かかった年数のリアル
まず、私のキャリアの流れを整理する。
学部4年 → 修士2年 → 博士3年 → 研究施設6年 → 助教着任(今年度)
文字にするとシンプルだけれど、実際には節目ごとに「このまま続けていいのか」という迷いを繰り返してきた。
博士課程の3年間
博士課程は独特だ。授業がほぼなくなり、研究室にこもって論文を書き続ける日々になる。私は論文執筆がどうにも苦手で、何度書き直しても「これでいいのか」という不安が拭えなかった。指導教員に提出するたびに赤入れが返ってきて、「私は本当に研究者に向いているんだろうか」と思った夜は数え切れない。それでも3年で修了できたのは、結果的には早いほうだったと思う。
研究施設での6年間
博士号を取ってから進んだのは、とある研究施設だった。ここでは純粋に研究に集中できる環境が整っていて、教育という負荷がないぶん、論文が苦手な自分にはやりやすい面もあった。ただ、ポジションは任期付き。数年単位で契約が区切られる働き方が、ずっと続いた。
女性研究者にとって、この「任期付き」という働き方は特有のしんどさがある。先が見えない中で、キャリアだけでなく生活設計も同時に考えなければならない。その重さは、経験してみないとなかなか伝わらないと思う。
② 助教になったのは「なりたかったから」ではない?
研究施設の任期が切れるタイミングが近づいてきたとき、正直なところ「次をどうするか」はかなり悩んだ。民間企業への転職も頭をよぎったし、もう一度任期付きの研究職を探すことも考えた。
大学教員に強い憧れがあったわけでもなかった。ただ、そのころ生活の基盤を固めたいという気持ちが強くなっていて、次のステップをどこに置くか、真剣に考えるようになっていた。
そんなタイミングで、今の助教のポストに関する情報を目にした。専門分野が合っていたこともあり、「とりあえず応募してみよう」という、わりと軽い気持ちで書類を出した。
今のポジションも任期付きだ。でも、ひとつひとつの任期を自分なりに全うしてきた結果が今ここにある、とは思っている。
女性研究者のキャリアは、必ずしも「なりたかったから」という一直線ではない。 タイミングと状況と、自分の中の優先順位が重なった結果として、今いる場所がある——そういうケースも、決して珍しくないと思う。
③ 博士課程〜研究施設でかかったお金のリアル
次に、お金の話。これが一番「聞きたかった」という人も多いと思う。
学費の目安
国立大学の場合、修士2年+博士3年の学費はおおよそ以下の通りだ(授業料免除なしの場合)。
修士2年:約135万円
博士3年:約200万円
合計:約335万円
これに加えて生活費、書籍代、学会参加費(発表のたびに数万円)、遠方の学会なら交通費・宿泊費も自腹になることがある。大学院だけで、トータル500万円以上かかったと思う。
博士課程の収入源
博士課程でもらっていた収入は、月数万円程度の奨学金や研究費が中心だった。学振(日本学術振興会の特別研究員)に採用されれば月20万円の研究奨励金が出るが、採用率は高くない。「研究者は食えない」という言葉の意味を、身をもって知った数年間だった。
研究施設〜助教の今
研究施設に移ってからは収入が安定した一方、任期が区切られている分、将来への不安は消えなかった。助教に着任した今も、同世代の会社員と比べると、キャリアスタートが遅い分の差を感じることはある。資産形成の面でも、30代でようやくスタートラインに立った感覚だ。
④ 女性研究者として、精神的にきつかった時期
メンタルの話も、正直に書いておきたい。
私は論文を書くことが好きではない。研究の問いを立てたり、学生に概念を説明したりすることは楽しいのに、それを論文という形式に落とし込む作業になると、途端に手が重くなる。「なんで自分はこんなに遅いんだろう」と、何度も自分を責めた。
周りの同期が就職して生活を安定させていく中で、自分だけが宙ぶらりんのような感覚もあった。任期が切れるたびに「次はどうなるんだろう」という不安が頭をよぎる。それが6年続いた。
女性研究者の離職率が高いと言われる理由が、この時期に少し実感としてわかった気がした。キャリアの不安定さと、生活設計の難しさが同時にのしかかってくる。それでも続けてこられたのは、次に書く理由があったからだ。
⑤ それでも続けた理由|研究より「教えること」が好きだった
正直に言うと、「研究が好き」というより「教えることが好き」だったのかもしれない、と最近は思う。
研究施設にいたころ、もっとも物足りなかったのは学生と関わる機会がないことだった。難しい概念がふっと腑に落ちた瞬間の学生の表情、ゼミで議論が深まっていく感覚——そういうものが、研究施設にはなかった。
大学に来て初めて、「あ、自分はこれがやりたかったんだ」と思う場面が増えた。論文を書くのは今もしんどい。でも、授業の手応えがあれば、続けていける気がしている。
「好きなことだけやれる仕事」なんて、たぶんどこにもない。それでも、この仕事の中に「これだ」と思える瞬間がある限り、続けていけると思っている。
おわりに|女性研究者のリアルを、これからも書いていきます
この記事では、女性研究者になるまでにかかった年数とお金、そして任期付き雇用のリアルについて正直に書いてみた。華やかに見えるアカデミアの道も、内側はかなり地味でリアルだということが伝われば嬉しい。
次回からは、助教の公募・就職活動のリアルや、研究者として生活の基盤を考えたこと、任期付き雇用とキャリア設計など、さらに踏み込んだ話を有料記事として書いていく予定です。
気になった方はマガジンのフォローをしていただけるとうれしいです。
#ワークライクバランス
#女性研究者
#博士課程
#大学院
#お金
#研究者
#キャリア
#助教
#任期付き
#アカデミア
#女性研究者
#リアル
#研究者になるには
