助教1年目、学生と教授の間で考えていること|研究室指導のリアル
はじめに|橋渡し役のつもりが、板挟みになっていた
助教になる前、漠然とこんなイメージを持っていました。
学生と教授の間に立って、うまく橋渡しができればいいな、と。
学生の気持ちに寄り添いながら、教授の意図を伝える。そういう役割が自分には向いているんじゃないかと思っていました。
でも実際に始めてみると、「橋渡し」というより「板挟み」に近い状態になることの方が多くて。どこまで口を出すべきか、どこまで手を貸すべきか、毎日のように迷っています。
これは、助教1年目の私が研究室の中で考えていたことを、正直に書いた記事です。
① 「なんでも考えてやってみて」と「何から始めればいいかわからない」の間で
教授のスタンスは、シンプルに言うとこうです。
「まずやってみて。考えてみて。」
自分で考えて動く力をつけてほしい、という気持ちはよくわかります。研究者として生きていくなら、誰かに言われたことだけやっていても意味がない。そういう考え方は、私も正しいと思っています。
でも学生の側は、というと。
「何から始めればいいかが、そもそもわからない」という状態のことが多いんです。
わからないまま放置されると、何も進まない。何も進まないと、また「何から始めればいいかわからない」に戻ってしまう。この状態で数週間が過ぎていく、ということが実際に起きています。
手助けしないと動けないのは、やる気の問題ではないと思っています。ただ、地図がない状態でゴールを目指せと言われている、そういう状態なんじゃないかな、と感じています。
② 指示の意図が伝わらないとき
もうひとつ、難しいなと感じているのがこういうケースです。
教授から「〇〇をやってみて」と言われた学生が、一生懸命取り組んで持ってくる。でも「そうじゃない」と全否定される。
本人はやったつもりなんです。でも、指示の意図を汲み取れていなかった。
こういうとき、学生がどれだけ傷つくか、横で見ていると伝わってきます。同時に、教授の言いたいことも、聞けばわかる。でも、その「言いたいこと」が最初から学生に届いていなかっただけで。
間に入って通訳できればいいんですが、毎回それができるわけでもなくて。どこまで先回りすべきか、どこから学生自身に気づかせるべきか、その線引きがまだうまくできていないです。
③ 「そんなに時間をかけてられない」はわかる、でも
時間をかけてもなかなか伝わらないとき、教授が「まあいいか」と諦めてしまうことがあります。
その気持ちも、正直わかります。教授には研究も、他の業務もある。学生一人ひとりにじっくり向き合い続けるのは、現実的に難しい。
でも私は、学生の側のことを考えると、どうしても「まあいいか」で済ませられない気持ちになってしまいます。
修士の大学院生活は、長くても2年しかありません。就職という選択肢を手放して、大学院に来ることを選んだ学生が、2年間「何も進まなかった」という経験をして卒業する——それだけは、避けたいと思っています。
「大学院に来たことを後悔させたくない」というのが、今の私の一番の気持ちかもしれません。
④ 助教として、今やろうとしていること
完璧な答えはまだ出ていません。でも、今のところこういうことを意識するようにしています。
まず、「最初の一歩」だけは一緒に考えるようにしています。何から始めればいいかわからない学生に対して、全部教えるのではなく、「最初にやることだけ」を一緒に整理する。そこから先は、自分で動いてもらう。そういう関わり方を試しています。
次に、教授の指示を「言い換える」ことを心がけています。「〇〇をやって」という指示を受けた学生が、何を期待されているかをもう少し具体的に理解できるように、間に入って補足する。通訳、というと大げさですが、そういうイメージです。
ただ、これが正しいやり方なのかは、まだわかりません。手を貸しすぎると、学生が自分で考える力を伸ばせなくなるかもしれない。そのバランスが、今一番の悩みどころです。
おわりに|正解がわからないまま、続けていく
助教の研究室指導は、思っていたよりずっと難しいです。
橋渡しのつもりが板挟みになって、どこまで手を出すべきか毎日迷っています。でも、学生が「大学院に来てよかった」と思えるような2年間を過ごしてほしい、という気持ちだけは、ぶれないでいようと思っています。
同じような立場の方がいたら、どうされているか、ぜひ聞いてみたいです。
