トマト農家さんと始めた「トマトの収穫予想を可視化する」プロジェクト ~AI活用で出荷日を逆算する~
毎年、梅雨が明ける頃になると気になるのが、「ハウスの中、いま何℃だろう」?
朝に一回、昼に一回、夕方にも一回。
温度計を見にハウスを往復して、帰ったらノートに鉛筆で数字を書き込む。
そのノートが、棚の奥に何冊も、読み返されることはほとんどないまま。
「何とかしたいけど、何から始めていいかわからない」。
そんな悩みを抱えるトマト農家さんと出会い、スマホが苦手、ITも苦手、それでも「数字で見える状態」を一緒につくったのが、この取り組みの始まりです。
まずは、はじまりの話から
きっかけは、2026年1月に立ち上がったメディア「農業AI通信」の、メディアアンバサダー公募でした。
「AIを一緒に現場で試してくれる農家さんを探しています」。そんな呼びかけに、2026年3月、大分県宇佐市のひろしま農園から、1通のメッセージが届きました。
「うちは昭和のまま。エクセルすら使えない私たちだからこそ、AIの力を借りて劇的に変われるんじゃないか──そう思って、応募しました。」
ひろしま農園さんは、1997年にゼロから立ち上がった新規就農の農園です。代表の廣島さんは、元プロサッカー選手。愛知県渥美半島のトマト産地で研修を積んでから、宇佐でトマト栽培を始められました。それから30年近く、「トマト男」を貫いてこられた方です。
化学肥料は使わず、完熟堆肥と発酵肥料で土を育てる。
水分を絞って糖度を乗せる。その積み重ねが、2024年の第3回 全国トマト選手権(日本野菜ソムリエ協会)ミディアム部門で金賞につながりました。農林水産省 九州農政局の「大分の写真館」にも掲載されている、正真正銘の金賞農家さんです。
ところが、応募文にある通り、味づくりでは全国金賞級の一方、経営と業務の舞台裏は、昭和のままでした。
温度の記録は手書きの日誌
給与計算は電卓
スタッフ4〜5人への指示は、口頭でマンツーマン。
変化の兆しをつくったのは、奥様です。
2025年の秋からご自身でAIを触り始め、Apple Watchの音声入力からスプレッドシートに作業日誌を落とすしくみを、時間をかけてチャレンジして作り上げる。
その試行錯誤の先で農業AI通信と出会い、「これなら私たちでもついていけそう」と、今回の公募に手を挙げてくださいました。
そして初めてお話した2026年3月末日、ひろしま農園さんは、ぽつりとこう言われました。
「経験と勘でやってきました。デジタルデータは、正直、ほとんどありません。」
トマトは、開花から収穫までの「積算温度」が、出荷計画や味を左右する作物です。毎日の平均温度をたし算していった数値のことで、花が咲いてから900〜1000度に達した頃が、収穫の目安になるといわれています。
スーパーとの直接取引で「来週、○ケース出せます」と、どれだけ正確に伝えられるか──その経営の背骨を、これまではずっと勘で支えてこられたわけです。
でも、よく考えたら──これ、電気で動く小さなシステムと、インターネットと、本当にほんの少しのしくみで、「見に行かなくていい」「書かなくていい」状態にできます。
やることを全部「農業にたとえる」と、こうなりました
今回、スタートした仕組みづくりの内容は次の通りです。

ポイント💡
ひとことで言うと、「24時間働く、眠らないパートさん」をハウスに雇うようなものです。
持ち物は温度計と1枚の台帳だけ。それでも、出勤は無料で休まず、文句も言わない。
初期費用は、SwitchBot温湿度計Pro×3台+防水温湿度計×1台+Hub Mini×1台で、おおよそ1.5万円前後。これにハウスまでWi-Fiを届けるための中継機を足して、3万円弱で土台ができました。
毎月の利用料は、月額0円。
月額サブスク、端末リース、といった知らない請求書が届くことはありません。
「まずはこれでいい」
最初にお話してから2週間ほどで、だいたいの仕組みが動き始めました。
そして最初にいただいた連絡は、こんな言葉でした。
「朝、スマホを見るだけで、昨日のハウスの様子がわかるの、実はちょっと感動してます。」
温度計の前で何分も腰をかがめる必要はなく、ノートを引っ張り出して数字を追うこともない。
スプレッドシートを開けば、「昨日は積算温度がこれだけ進みました」と、トマトをパックに並べるように表が表示される。
「技術で農業が変わる」という派手な話ではなくて、「見る日課がちょっと変わる」。
その小さな変化が、毎日続くと、実は相当大きい。
もう一つ、印象に残っているのはひろしま農園さんご本人の行動の速さです。打ち合わせで「まずはWi-Fiが届くか確かめましょう」とお話しした翌日、自分でWi-Fi中継機を買ってきて、作業倉庫からいちばん近いハウスまで電波を通してしまわれました。「超アナログでやってきた」とご自身では言われるのですが、やると決めたときの一歩目が、とにかく早い。
でも、全部がすんなりいったわけじゃない
ここまで読むと「いい話じゃん」と思われるかもしれません。
でも、正直にお伝えしたいのは、途中で一度、まごついたことがあります。
春先の4月中旬。まだ外は浅い春なのに、ハウスの中は日中に27℃を超える日が出てきました。
そして、ある日のデータを見てびっくりしました。
数字が、何時間も止まっていたのです。
最初は5時間。次の日は20時間。ハウス中央の温度計も、外気温の温度計も、揃って同じ数字を出し続けていました。
センサーが壊れたわけではありません。調べていくと、ハウスの電源に直接差し込むタイプの「Wi-Fi中継機」のひとつが、日中の暑さで一時的に機嫌を損ねて、ハブミニがネットから切れていたことがわかりました。
SwitchBotの仕組み上、ハブがネットから切れている間は、クラウドが「最後に届いた値」をそのまま返し続けます。だから「同じ数字がずっと続く」ように見えていたのです。夜中〜朝方になるとハウスが冷え、中継機が自力で目を覚まして、何事もなかったようにデータが流れ始める。そんなことが何日か続きました。
人も、ハウスに長くいて一息つくと一杯の水がおいしくてたまらないように、小さなオフィス用機器もハウスの中では「暑がる」。
その当たり前を、数字が教えてくれました。
皮肉な話ですが、「数字で見えるようにした」からこそ、「見えない問題」が見えたのです。
伴走の中身は、AIやツールを渡すだけではない
そこからの数日、ひろしま農園さんとたくさんのやり取りをしました。
中継機がなぜ暑がるのか。
交換するならどれを買えばいいのか。
真夏になればもっと熱くなるが、そのときはどうするのか。
この途中で、ひとつ、大切にしたことがあります。
💡ポイント
「このツールを使ってください」ではなく、「一緒に様子を見ましょう」にしたこと。
農家さんに「これをすれば解決します」と道具だけを投げて終わりにしたら、結局「よくわからない状態」が続いてしまう。
そうではなくて、
今ハウスで起きていることを、図と数字で並べる。
選択肢を3つくらいに絞り、それぞれの良いところ・残念なところを正直に伝える。
「いまはこれで十分」「もしあとでだめならこの次はこれ」と、先まで見える地図を渡しておく。
実際にひろしま農園さんでは、熱の問題で、中継機の差し替えを進めてもらっています。それでも真夏に不調が続くようなら、送風ファンで涼しく保つ「第二手」、最終的には屋外用の耐熱・防水モデルへ置き換える「第三手」まで用意しています。
全部を今すぐに買う必要はありません。
数字を見ながら、必要になったときに、必要な分だけ進める。
精神論ではなくて、これがITになじみのない農家さんとデジタルを続けるための、重要なポイントだと思っています。
さいごに
デジタルとか、AIとか、IoTとか。
新しい言葉は、正直に言って、毎年多すぎますよね。
どれから手をつければいいのかわからなくなって、結局何も始まらないまま、というのが人情だと思います。
🌱学びのポイント
だからこそ、今回のひろしま農園さん特集では「最初の一歩は、ノートがスプレッドシートに変わるだけ」という、目立たない変化から始めます。
なにかを大きく変えなくても、ハウスに新しい働き手であるセンサーが、黙って記録してくれるなら、それで十分な第一歩です。
ひろしま農園さんご夫婦との直近1ヶ月は、その「たった一人の働き手とも言える”センサー”を設置した」経験そのものでした。うまくいったことも、つまずいたことも、この先の特集で、隙間なくお見せします。
あなたのハウスにも、同じような「眠らない働き手」が雇えそうであれば、この特集がほんの少しでもお役に立てば嬉しいです。
明日からスタートする第1弾は、初回オンライン打ち合わせでひろしま農園さんが口にされた「現状を変えたい」という覚悟まで──ひろしま農園さんご夫婦との”はじまりの物語”を、お届けします。 (SwitchBotの具体的な型番や、セットアップで起きたつまずきのリアルも順次お届けします。)
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
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