「もったいない」を手放したら、人生が動いた
「もったいない」
モノを大切にする、美しい日本語です。
でも私は長い間、この言葉にしばられて、手放せずにいたものがたくさんありました。
■ もったいなくて、捨てられなかったモノ
若い頃に着ていたお気に入りの服。
特に、ちょっと奮発して買ったマリメッコのワンピース。
そして、大金を叩いて買ったルイ・ヴィトンのバッグ。
(当時も高かったけれど今はもっともっと高くて、とても買えません…笑)
「高かったから」「お気に入りだったから」
そう思うと、もう何年も使っていなくても、なかなか手放せませんでした。
でも、いざ向き合ってみると気づくんです。
しまい込んだまま使わないモノは、結局、私の暮らしを豊かにしていない。
大事にしすぎて、死蔵させてしまう。
それが一番もったいないのかもしれない、と。
■ もったいないと思って、続けていたこと①——「他人からの評価」
手放せなかったのは、モノだけではありませんでした。
私がずっと握りしめていたもの。
それは、他人からの評価です。
会社員生活の中で、私は常に「評価されること」を大切にしてきました。
波風を立てず、多少の理不尽にも目を瞑りながら、ちゃんとやってきた。
でも、ふと思ったんです。
会社にいるときの私は、心が死んでいるなぁ、と。
もう諦めすぎて、何も感じなくなっていました。
「このままあと10年やり過ごせば、定年退職を迎えられる」
そう自分に言い聞かせていました。
でも、心の中ではずっと問い続けていたんです。
「こんな生活を続けていて、いいんだろうか」と。
その心の声を、ずっと無視してきました。
「評価される自分」を手放すのが、もったいなかったから。
■ 心の声を、無視するのをやめた
そして私は、その声を無視するのを、やめてみました。
今は、少し休憩しています。
ちょっと立ち止まったことで、いろいろ考える時間ができました。
今後、職場に復帰するにしろ、別の道を選ぶにしろ。
今は焦らず、じっくりと自分の心と向き合いたい。
そう思っています。
「他人の評価」という、もったいなくて手放せなかったもの。
それを少し脇に置いてみたら、ようやく自分の本当の声が聞こえてきました。
■ もったいないと思って、続けていたこと②——「インプットばかりの日々」
もう一つ、手放したことがあります。
私はこれまで、活動がどちらかというとインプットばかりになっていました。
資格取得の勉強、読書、音楽鑑賞、美術鑑賞。
どれも大好きで、たくさん吸収してきました。
でも、ふと思ったんです。
インプットしたものを、そのままにしておくのは、もったいない。
そのままにしておくと、せっかく感じたことも、学んだことも、記憶からどんどん薄れていく。
「何か、自分の手でアウトプットしてみたい」
そんな思いから、このnoteを書き始めました。
■ アウトプットしたら、心が晴れた
自分が感じている思い。
漠然とした思い。
モヤっとした思い。
なんとなくやり過ごしてきたこと。
そういったものを、こうして言葉にしてアウトプットすると、なんだか心のお掃除をしているような、視界が晴れるような気持ちになれます。
頭の中にしまい込んでいた「思い」を死蔵させずに、外に出してあげる。
それは、クローゼットを片付けるのとよく似ていました。
そして何より、こうして読んでくださる方がいること。
本当に、ありがたいことだと思っています。
■ おわりに:「もったいない」を、いい方向へ
「もったいない」は、大切な心です。
でも、その言葉に縛られて、モノを死蔵させたり、自分の心の声を無視したり、感じたことをそのままにしてしまうのは、本当の意味でもったいない。
しまい込んでいたお気に入りを、今日使ってみる。
ずっと無視してきた心の声に、耳を傾けてみる。
ためてきた思いを、言葉にしてみる。
その小さな一歩が、暮らしを、そして人生を、少しずつ動かしてくれます。
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