創造性の天才は、どこへ消えたのか ── イノベーションが組織で育たない、本当の理由 ── 連載「益村メソッドの解読 ── アート思考による差別化戦略を、言語化と再現性で社会に開く」第3回
創造性の天才は、どこへ消えたのか ── イノベーションが組織で育たない、本当の理由
── 連載「益村メソッドの解読 ── アート思考による差別化戦略を、言語化と再現性で社会に開く」第3回
「楽しそうに話す人が、組織にいますか?」
NASAが発見した、不都合な数字
1968年、アメリカ。
NASAは、宇宙開発を担う革新的な人材を見つけるために、創造性を測るテストの開発をジョージ・ランド(George Land)とベス・ジャーマン(Beth Jarman)に依頼しました。彼らが開発したのは「発散的思考テスト(Divergent Thinking Test)」——ひとつの問いに対して、どれだけ多様な答えを生み出せるか、正解のない思考を測るテストです。
このテストを、1,600名の子どもたちに実施し、その後も同じ子どもたちを追い続けました。
4〜5歳:98%が「創造的天才」レベル
同じ子どもたちに、5年後、さらに5年後と追跡調査を続けます。
9〜10歳:32% 14〜15歳:10% 28万人の大人:2%
98%が天才だった子どもたちが、大人になるころには2%になっていた。
この研究は、1992年に著書としてまとめられています。 出典:George Land & Beth Jarman, Breakpoint and Beyond: Mastering the Future Today, HarperBusiness, 1992.
ランドはこう結論づけました。
「創造性は失われるのではない。学習によって消されるのだ」
才能の問題ではありません。環境の問題です。
では、その「環境」とは何か。私自身の組織の中で起きていたことから、考えてみます。
「角を丸くする」は、美徳ではない
では、何が創造性を消すのか。
ランドが指摘したのは、教育と社会化のプロセスでした。正解を求めること。はみ出さないこと。周囲に合わせること。
日本の組織の中で、これに相当する言葉があります。
「会議室で角を丸くする」
尖った意見は、場の空気を読んで引っ込める。「前例がない」「リスクがある」「今はそのタイミングではない」——そうして、気づいたらひとりひとりが「みんなに合わせる」ようになっていく。
これは悪意ではありません。組織で生き延びてきた人が、自然に身につけた作法です。
でも、イノベーター育成方程式 I=(ad)^c® の構造で見ると、何が起きているかがはっきりします。
角を丸くする → a(アート思考)が死ぬ。自分起点の観察と違和感を、自分で手放している。
みんなに合わせる → d(体験・試行錯誤)が止まる。やってみる前に、正解に合わせようとする。
空気を読んで黙る → c(周囲の理解)がゼロになる。理解を求めることをあきらめる。
c がゼロになると、I もゼロになります。
c は累乗(指数)だからです。どれだけ a と d があっても、c = 0 なら、全部ゼロです。
これが、「イノベーションが起きない組織」の数式です。
「変わってる」と言われながら、動き続けた
私自身の話をします。
テレビ局に入社してしばらくした頃から、私にはひとつの違和感がありました。
「テレビは、見るだけのものではないのではないか」
一方向に情報を流すメディアから、視聴者が参加できるメディアへ。社会課題を、メディアの力で繋ぎ直す。そのために、私は新規事業を立ち上げようと試行錯誤しました。
稟議書は、通りませんでした。
ガラケーの時代に、視聴者投稿の仕組みをつくりたいと考えていました。災害や事件や事故の現場で撮影したものを、視聴者がテレビ局に送れる仕組みです。
でも当時の評価は、こうでした。
「そんなものを送る人なんて、いない」
「突拍子もない」「変わってる」「そんなことをやる必要があるのか」——そう言われ続けました。NASAのテストで言えば、私の創造性は「消されそうになっていた」わけです。
頭を下げた相手は、システム会社の担当者でした
稟議が通らないなら、別の道を探すしかありません。
私が頭を下げたのは、社内の上司ではなく、システム会社の担当者でした。
「何社に販売できたら、つくっていただけますか?」
担当者は、プロトタイプをつくってくれました。これが、いまの視聴者投稿システムの原型です。
もちろん、そこから順風満帆だったわけではありません。画質が悪い、通信が悪い、投稿は来ない。社内では「失敗」と見られていました。
これは、15年前の話です。
いまは、日テレ投稿ボックスや投稿ボックスytvなど、各社が当たり前のように導入しています。
c があったから、I になった
それでも動き続けられたのは、なぜか。
誰も手を差し伸べない中、報道部長がテストに賛同してくれました。
それだけで、動き始めました。c は、大きな承認でなくていい。「やってみろ」という一言で、指数は動き出します。
その報道部長が、東京支社に異動になったとき、各社に「これは良いものだ」と紹介してくれました。当時の社長も、トップセールスをしてくれました。そして、日本テレビの方も動いてくれました。
これが、27局にスケールした理由です。
15年も前の出来事です。
私一人の力ではありません。みんなに支えられて、実現しました。
c は、褒めることではありません。ただ、否定しないこと。ただ、隣で見ていること。そして、いいと思ったら誰かに伝えること。それだけで、指数として機能します。
稟議が通らなくても、社内で変人扱いされても、c が一人でもいれば、I は止まりません。
5歳児の発表に、親が気づいていなかった
テレビ局の話は、15年前のことです。でも、同じことは、いまも目の前で起きています。
VERIARTの「イノベーター育成プログラム」のワークショップで、私は5歳児がワクワクしながら面白がって創る瞬間を、何度も目の当たりにしてきました。
NASAの研究が言う「98%」は、数字ではありませんでした。その子どもたちの目の輝きそのものでした。
ある日、一人の子どもが発表をしました。すごい勢いで、誰も思いつかないような発想を話してくれました。
そのとき、隣にいた親御さんの反応が、こうでした。
「え? そこ?」
悪意は、まったくありません。ただ、気づいていなかったのです。我が子の発想の豊かさに。
後日、私はその親御さんにお話しました。
お子さんには素晴らしい創造性があること。そして、それに親御さん自身が気づいていないこと。
親が、一番の c(周囲の理解)になれる存在だということ。
小学校に上がると、その子の発想は「変わってる」と言われることがあるかもしれません。そのとき、親が支えてあげられるかどうかが、その子の創造性が98%のまま育つか、2%に向かうかの分かれ目になります。
「え? そこ?」という反応が、悪意なく芽を摘むことがある。
そして、「すごいね、それ」という一言が、指数になる。
「楽しそうに話す人」が、差別化の出発点になる
組織の中に、こういう人はいませんか。
目が輝いて、早口になって、「これ、すごく面白くて——」と話し始める人。誰かに頼まれたわけでもないのに、調べて、試して、報告してくる人。会議の場では少し浮いているけれど、ひとりのときは誰よりも考えている人。
その人の「楽しい」「面白い」「好き」は、a × d が生きている証拠です。
NASAのテストで5歳児が98%だったのは、全員がその状態だったからです。好き嫌いを隠さず、面白いと思ったら止まらない。角を丸くすることを、まだ知らなかった。
マイケル・ポーターの戦略論は、差別化の源泉を「他と違うこと」に置きます。でも、みんなが「角を丸くする」組織では、誰もが同じ結論に収束します。論理だけで動く組織は、差別化できません。
差別化が生まれるのは、「楽しそうに話す人」の「これ、面白い」という感覚を、誰かが否定せずに受け取ったときです。
報道部長が「やってみろ」と言ってくれたとき、私の「面白い」は差別化の出発点になりました。
「面白い」「好き」「楽しい」——これに勝る差別化戦略はない。
イノベーター育成方程式 I=(ad)^c® で言えば、c(周囲の理解)を組織の文化として設計できるかどうかが、差別化戦略の根拠になるということです。これは精神論ではありません。構造の話です。
あなたの組織に問いかけてほしいこと
最後に、三つの問いを置きます。
① 「楽しそうに話す人」は、いますか?
いるなら、その人を大切にしてください。その「楽しい」が、組織の a × d です。
② 会議室で、誰かが角を丸くしていませんか?
それは、c がゼロになりかけているサインかもしれません。
③ あなた自身は、まだ「楽しい」と感じていますか?
イノベーターは外から育てるものではありません。あなた自身の a と d が動いているとき、あなたが誰かの c になれます。
NASAが証明したのは、創造性は消えるのではなく消されるということです。そして、消すのも守るのも、周囲の人間だということです。
イノベーター育成方程式 I=(ad)^c® の c は、指数です。
あなたが誰かの c になるとき、その人の創造性は指数関数的に育ちます。
あなたが c をゼロにするとき、その人の I もゼロになります。
どちらを選ぶかは、あなたが毎日の仕事の中で、すでに選んでいます。
この記事は、連載「益村メソッドの解読 ── アート思考による差別化戦略を、言語化と再現性で社会に開く」第3回です。 連載一覧は[マガジンリンク]からどうぞ。
参考文献
George Land & Beth Jarman, Breakpoint and Beyond: Mastering the Future Today, HarperBusiness, 1992. (発散的思考テスト/NASAの創造性研究。1,600名の子どもを縦断追跡し、創造性が年齢とともに低下することを示した研究。)
益村泉月珠(ますむら いずみ) VERIART株式会社 代表取締役 / イノベーター育成方程式 I=(ad)^c® 開発者
1997年、広島テレビ放送に技術職として入社。視聴者参加型SaaSプラットフォームを27局以上に全国展開、感染症予防情報インフラの構築で厚生労働大臣賞を受賞。働きながら経営管理修士(MBA)(SBI大学院大学)。2024年、父・益村司とともにVERIART株式会社を創業、代表取締役に就任。イノベーター育成方程式 I=(ad)^c® を開発、登録商標として確立。著書に「逆境のトリセツ」。
