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巡る森


森では、誰もひとりでは生きていない。

森のはずれに、

一本の若い木が芽を出した。

まだ細い幹。

まだ短い根っこ。

風が吹くたびに、

小さく揺れてしまう。

「ぼくは、
ちゃんと大きくなれるのかな。」

そうつぶやいた夜。

森は、

しん、と息をひそめた。

すると、

土の奥から、

かすかな声が届いた。

「聞こえる?」

若い木は驚いた。

「だれ?」

森は、
しばらく静かなままだった。

土の中では、
言葉もゆっくり旅をする。

しばらくして、
また優しい声が届いた。

「やっと聞こえたのね。
小さな子。」

「私は、
ずっとこの森にいるの。」

若い木は、

根っこを少しだけ伸ばした。

「あなたは、
どこにいるの?」

「ここよ。」

「ずっと下。」

「あなたの根が、
もう少し伸びたら分かるわ。」

若い木には、
その声の主が見えなかった。

けれど、

土の奥から届くその声は、

春の日差しのように、
やさしかった。

* * *

それから、

何度も季節が巡った。

春になると、
根っこの近くで
小さな緑の子たちが笑っていた。

「今日もお届けものだよ。」

そう言うと、
みんなは土の中へ駆けていった。

若い木は、
雨の日も、
風の日も、

少しずつ根を伸ばし続けた。

ある日。

根の先が、
細く白い糸に、そっと触れた。
その瞬間だった。

土の中を、
あたたかな何かが流れてきた。

根から届いたぬくもりが、
幹へ、枝へと静かに広がっていった。

木のすみずみまで、
力が満ちていく。

若い木は、
その温もりを静かに受け取った。

初めて感じる、
不思議な安心だった。

遠くで、
葉がやさしく揺れた。

* * *

ある時、
森を揺るがす嵐がやってきた。

鳥たちは空から姿を消し、
リスは木の洞へ身を隠した。

若い木は、
初めて恐ろしいと思った。

「倒れてしまう……。」

その時だった。

土の奥から、
力が流れてきた。

そのぬくもりは、
どこか遠くから届いている気がした。

「大丈夫。」

あの優しい声が、
土の中をゆっくり旅してきた。

根を通して感じた。

少し離れた場所で震える小さな木。

倒れかけた細い木。

昨日芽吹いたばかりの、小さな命。

あたたかな流れは、
みんなへ届いていた。

若い木は、小さくつぶやいた。

「ぼくだけじゃなかったんだ。」

すると、あの優しい声が返ってきた。

「ええ。
森の子は、みんな大切な子だから。」

* * *

嵐が過ぎた朝。

若い木の枝に小鳥が止まり、足元にはリスが顔を出した。

「昨日も、
森のお母さんが
見守ってくれていたんだね。」

若い木は尋ねた。

「森のお母さん?」

リスは嬉しそうに言った。

「あの声の主だよ。」

「みんなは森のお母さんって呼んでるんだ。」

「君の足元を見てごらん。
君はもう、つながっているよ。」

若い木は、
静かに根を見つめた。

土の中では、
今日も白い糸が、
森中へ伸びていました。

その先にいる大きな木を、
若い木は最後まで見ることはありませんでした。

若い木は、
「ありがとう。」
と言葉を送った。

土の中を、
その一言が
ゆっくり旅をしていく。

しばらくして、

遠くで、
葉っぱが一枚、
ふわりと揺れた。

若い木は、
根をもう少しだけ伸ばしました。

いつか、
誰かを支えられる木になれるように。

森では、
誰もひとりでは生きていない。

見えないところで、
今日も誰かが、
誰かを支えている。

命は今日も、
静かに巡っている。


* * *

この物語は、実際に研究されている「マザーツリー」や菌根ネットワークに心を動かされたことから生まれた創作です。

森が見えないところで命を支え合う姿に、私は深く心を動かされました。


* * *

この作品は、カワムラさん主催の「ちび創作大賞」のテーマの一つ「自然」に参加した作品です。


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