大ゴッホ展、名画より記憶に残ったのは、頭の数!?
大ゴッホ展に行ってきた。5秒のための20分
先日、ゴッホ展へ行ってきた。
展示は全5章構成。ゴッホの代表作だけでなく、彼に影響を与えた画家や同時代の作品も展示されていて、思っていた以上に見応えがあった。
展示を見ながら感じたのは、ゴッホの作品だけが主役ではないということ。今回、新たに好きになった画家がいる。
マクシミリアン・リュスだ。
それまで名前も知らなかったが、色彩の美しさや光の表現に惹かれた。こういう偶然の出会いがあるから、美術展は面白い。
また、ゴッホの黒チョーク作品も数多く展示されていた。
鮮やかな色彩の印象が強い画家だけに、モノクロに近い世界で見せる線の力強さは新鮮だった。絵具だけではない、描くことそのものへの情熱を感じることができた。
英語のタイトルと日本語のタイトル
今回は、英語表記のタイトルも気になった。
例えば、「Mother with child」は「母と子供」だけど、"and"ではなく"with",それと"Child"ではなく"Mother”が前に来ている。身重のシーラが好きだったゴッホなわけで、優先順位が母になるのは当たり前かな。とか、そんなことを考えてみた。
例えば2,「Man reeling yarn」は「織り糸を巻く男」であり、"Man"から始まるから、きっと人物を主題にしてるんだな。
例えば3,「Loom with weaver」は「織機と職工」であり、weaverを主題にしてるんじゃなくて、織機を表現したかったんだな。考えてみると、織機の方が大きくてインパクトあるよな。とか考えていた。
撮影可能作品は2つ
「バラとシャクヤク」は繊細で、彼のスキルの幅の広さが感じられました。

そして今回の目玉のひとつ、「夜のカフェテラス」。
斜めから見るだけなら並ばなくてもいい。
しかし正面から鑑賞するには列に並ぶ必要がある。
なかなか上手い戦略だ。

待ち時間は約20分。
あと少し

ようやく自分の番が来た。
本物の「夜のカフェテラス」が目の前に現れる。

——そして5秒で終了。
後ろには長蛇の列が続いているので、立ち止まることはできない。
20分待って、5秒でさようなら。
美術館あるあるかもしれない。
でも、もう少し見たかったな〜絵の置き方とか氣になるのに。
鑑賞を終えてショップへ向かうと、そこにも長い列ができていた。

待ち時間は約30分。
ようやく入れると思ったら、ショップは展覧会の入場者限定。チケットの確認があり、展示を見た人しか入れない仕組みになっていた。
人気展ならではの厳重さだ。
展示を見て、並んで、また並んで。
帰る頃にはかなり疲れていたが、それでも来てよかったと思う。
有名作品との再会だけでなく、マクシミリアン・リュスという新しい発見もあった。
美術展の楽しさは、「知っている作品を見ること」だけではなく、「知らなかった好きに出会うこと」なのかもしれない。
おまけ
もうひとつ印象に残ったのが額縁だ。
展示を見終わったあと、どんな額縁だったか思い出そうとしてみたが、ほとんど記憶に残っていない。
もちろん実際には作品ごとに額縁は存在している。だが、鑑賞中は額縁に意識が向かないのだ。
目に飛び込んでくるのは、ひたすら絵そのもの。
特にゴッホの作品は色彩や筆致の存在感が圧倒的で、額縁が主張する余地を与えないように感じた。
普通なら絵と額縁が一体となって作品を演出するはずなのに、ゴッホの前では額縁が静かに脇役に徹している。
展示を見終わって残ったのは、木枠の記憶ではなく、黄色く輝く光や力強い線の記憶だった。
それだけ絵そのものが強いのだと思う。
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