【エッセイ】「歩行者天国」を歩くのは気持ちが良い
先日、新宿に行ったら「新宿通り」が歩行者天国になっていた。
ちなみに「新宿通り」というのは、
アルタ前〜紀伊國屋〜新宿2丁目の通りの事。

この歩行者天国は、現在都内では3箇所実施されているようだ。
・秋葉原
・銀座
・新宿
そして「歩行者天国」というのは正式名称では無く、「特定禁止区域・区間の歩行者用道路」というらしい。
主に土日にやっているこの歩行者天国だが、
どのくらい前からやっているのか。
ChatGPTに聞いてみる。
歩行者天国(ほこうしゃてんごく)は、車両の通行を制限または禁止し、歩行者が安全かつ自由に移動できる区域を指します。その歴史は、都市の発展、交通量の増加、環境問題への対策などと深く関わっています。
**世界における歩行者天国の歴史**
- **ヨーロッパ**:歩行者天国の概念は、20世紀初頭のヨーロッパで始まりました。特にドイツやオランダでは、都市中心部の歴史的街並みを保護し、歩行者の利便性を高めるために歩行者専用区域が設けられました。第二次世界大戦後の自動車の普及に伴い、交通渋滞や大気汚染が深刻化したことから、1960年代以降、多くの都市で歩行者天国が導入されました。
- **アメリカ**:アメリカでは1960年代から1970年代にかけて、一部の都市で「歩行者モール」と呼ばれる歩行者専用区域が試験的に導入されました。しかし、自動車中心の社会構造や商業的な要因から、長期的な成功を収めた例は限られています。
**日本における歩行者天国の歴史**
- **始まり**:日本での歩行者天国の始まりは、1970年(昭和45年)8月に東京都中央区銀座で実施された「銀座歩行者天国」です。これは、週末や祝日に銀座通りを車両通行止めにし、歩行者が自由に行き交える空間を提供するものでした。
- **拡大**:銀座での成功を受けて、同年には新宿や池袋、さらに全国各地の商店街や繁華街で歩行者天国が導入されました。これにより、買い物客や観光客が増加し、地域の活性化につながりました。
- **秋葉原の事例**:秋葉原では、1973年から歩行者天国が開始され、電気街としての魅力を高めました。しかし、社会的な出来事や安全上の懸念から、2008年に一時中止となりました。その後、地域の要望や安全対策の強化を経て、2011年に再開されています。
**現代の歩行者天国**
- **環境と持続可能性**:近年、環境保護や持続可能な都市開発の観点から、歩行者天国の重要性が再認識されています。自転車や公共交通機関の利用を促進し、都市の環境負荷を軽減する取り組みが進んでいます。
- **社会的役割**:歩行者天国は、商業活動の活性化だけでなく、文化イベントやストリートパフォーマンスの場としても活用されています。人々の交流を促進し、コミュニティの形成に寄与しています。
**まとめ**
歩行者天国は、都市における人々の生活の質を向上させ、経済的・社会的なメリットをもたらす重要な施策です。その歴史は各国で異なりますが、共通して都市の課題解決や魅力向上のために進化してきました。今後も、持続可能な都市づくりや人々の豊かな生活の実現に向けて、歩行者天国の役割はますます重要になると考えられます。
欧米では1960年代に広まり、
日本では1970年に実施されたのが初めてのようだ。
また、前述でもある通り、秋葉原の歩行者天国と言えば2008年「秋葉原無差別殺傷事件」が知られている。
私でもこの事件は知っているくらいだ。
このような事件は二度と起こらないでほしいのは、
言うまでもない。
*****
普段歩けない、
車道の道の真ん中を歩くのが好き。
真ん中を歩いただけで気が大きくなり、
自分が主人公にでもなった気持ちになる。
そして、道端でちょっとした芸をやっていたり、
通行人も、皆少し開放感が出ている気がする。
普段見られない風景が見える。
歩行者天国は、日常のちょっとした開放でもある。
つづく。
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