シャインマスカットの教訓を踏まえ、日本の「食」を世界へ売り出す知財

スーパーに並ぶ一房のブドウ。その甘さや品質にたどり着くまでに費やされた歳月と工夫が、「知的財産」だと意識する機会は、そう多くないかもしれません。
2026年7月1日、パレスホテル東京「葵」で開かれた「2026年度 弁理士の日記念講演会・表彰式」は、「食」と「知財」が深く関わり合っていることを教えてくれる一日となりました。
今年の全体テーマは「日本の農林水産・食品産業を支える知的財産〜弁理士に求められる役割とは〜」。豊かな実りを生む農業の現場と、知財制度に精通したプロフェッショナル。この両者がどのように手を取り合い、日本の食を世界へ届けようとしているのか。今回交わされたスケールの大きな議論の中身を、順を追ってご紹介します!
シャインマスカット流出の教訓。日本の「おいしい」は誰のもの?

基調講演1に登壇したのは、農林水産省 輸出・国際局 輸出促進審議官の三野敏克氏です。「農林水産・食品分野における知的財産の保護・活用の推進について」と題した講演は、日本が直面するシビアな現実から始まりました。
まず三野氏が示したのは、人口をめぐる数字です。日本では毎年約160万人が亡くなる一方、生まれてくる赤ちゃんは約70万人。日本人は毎年約90万人ずつ減っている計算になります。
国内市場が急速に縮むなか、地方の基幹産業である農林水産業を守り育てるには、国内市場に加えて海外市場を取り込んでいくことが重要です。
そこで最大の壁となるのが、知的財産の問題です。三野氏が挙げたのは、日本が誇る高級ブドウ「シャインマスカット」で得た教訓でした。国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構が、長い年月とコストをかけて開発した、皮ごと食べられる品種。ところが海外での品種登録を行っていなかったために無断栽培の差止めをすることができず、今では韓国で日本の約2倍、中国では約30倍もの面積で栽培されています。本来なら正規のライセンス契約を通じて日本へ還元されるはずだったロイヤリティを回収できていないのです。
解決の糸口の一つとして三野氏が挙げたのが、ニュージーランドの「ゼスプリキウイ」でした。厳格な品種管理とライセンスによって、周年供給とロイヤリティの回収を両立させている好例です。そして、我が国においては、権利を管理して海外で収益を得て、その収益を次の品種開発へ還元する循環を築くべく、2026年8月までの立ち上げを一つの目標として、「育成者権管理機関」を軸にした体制整備が進められていることが紹介されました(※2026年7月17日に農林水産省が同期間を認定)。権利を適切に管理し、海外市場で知財戦略を展開していく。その最前線で、知財マネジメントに関する知見が求められているのです。
守るだけではない。稼ぐ農業を支える弁理士の力

続く基調講演2に立ったのは、公益社団法人農林水産・食品産業技術振興協会(通称:JATAFF)イノベーション事業部長の永田明氏です。「農林水産・食品産業の現場から見た知財の課題と可能性〜弁理士に期待される役割〜」をテーマに、現場に根ざした視点から語られました。
「農業の現場には、品種やブランド、ノウハウといった価値ある『知財』がたくさん眠っています。一方で、現場の方たちは、自分たちの持つ価値に気づいていないのが実情です」
永田氏はこう指摘しました。日本の農業の現場では、広く「普及させること」が重視されてきたこともあり、「権利を守り、独占する」という発想は根づきにくい状況にありました。さらに海外での権利取得については、「かえって種苗が海外へ流出してしまうではないか」といった不安もあり、シャインマスカットが国内で品種登録された2006年以降も長らく、農林水産省が海外出願を促そうとしても、現場の理解はなかなか得られませんでした。

しかし、時代は動いています。これからは知財を「守る」だけでなく、ライセンスなどを通じて「稼ぐ」戦略へと切り替える段階に入りました。JATAFFは海外出願をサポートし、これまでに1200件以上の品種登録出願を支援。さらに、4万8000件以上の品種情報を収録し、流通名からでも検索できる独自のデータベースを整えるなど、土台づくりを急いでいます。
とはいえ、日々の農作業に追われる生産者が、難解な法律や海外の権利制度に精通するのは容易ではありません。そこで永田氏が熱を込めたのが、弁理士への期待でした。
「現場でその価値を発見し、知財として整備して、活用へつなげる。現場の想いと法律をつなぐ『翻訳者』として、弁理士の皆様に心から期待しています」
単なる出願代理人ではなく、現場の想いと法律をつなぐ「翻訳者」。ビジネスの成果を生み出す現場のパートナーとして、弁理士が果たす役割の大きさが力強く示されました。
89歳の現役弁理士が語る、激動の時代における弁理士の存在意義

講演会に続く表彰式では、長年にわたり弁理士制度の発展に貢献してきた方々への表彰が、厳かに執り行われました。なかでも会場に大きな感動を呼んだのが、特別表彰を受けた浜田治雄氏のスピーチでした。
浜田氏は、21歳で弁理士となり、89歳の今も現役を続ける大ベテランです。幾多の時代の移り変わりを見つめてきた言葉には、静かな凄みと温かさがありました。
「私たち弁理士は今、ITやデジタル、AIエージェントといったツールの激しい変化に立ち向かい、努力を重ねています。この多様で変化の激しい社会においてこそ、弁理士という存在がいかに重要な価値を持つか。その評価をさらに高めるために、今後とも一層の努力を続けていきたいと思っております」
AIが台頭し単純な作業が自動化されていく時代にあってもなお、人の想いをくみ取り価値を守り抜く弁理士の存在意義は、むしろ際立っていきます。
閉会の挨拶でも「自分もそろそろ終わりかと思っていたが、最高のエールを頂戴し、まだまだやることがあると痛感した」と語られたとおり、浜田氏の決意に満ちた姿は、世代を超えて参加者に大きな力を与えました。
政・官・法曹が一堂に。期待が交わった祝賀会

表彰式の熱をそのままに、弁理士の日祝賀会が幕を開けました。来賓には、党派を超えた国会議員が名を連ねます。さらに特許庁長官の河西康之氏、知的財産高等裁判所長の増田稔氏など、政・官・法曹の各界から要職が顔をそろえました。
会の冒頭で紹介されたのが、内閣総理大臣 高市早苗氏から寄せられた祝辞です。祝辞のなかで高市総理は、政府が先ごろ決定した「知的財産推進計画2026」に触れ、AI技術の急速な進展や社会構造の変化のなかで、知的財産制度の果たす役割が今後いっそう重みを増すと強調しました。そのうえで、スタートアップや中小企業の成長支援、経済安全保障の観点からの先端技術の保護に加え、農林水産業・食品産業の分野でも、品種やブランド、地理的表示といった知的財産を保護・活用する重要性が高まっていると言及しました。
講演から表彰式、祝賀会まで。この日に伝えられたのは「守るだけの知財から、生かして稼ぐ知財へ」という一つのメッセージでした。
良いものをつくる力の価値を世界で正しく主張し、収益へ変える力を重ねていく。その転換の現場で、価値を見つけ、守り、世界で勝てる形へ育てるのが弁理士の役割です。日本の「おいしい」を世界の食卓へ届ける道のりで、弁理士に託される期待は、ますます大きくなっていくのを感じる日となりました。

