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第5話:第3部 笑顔の下の空白

初めての夜を境に、私と彼女の関係は一気に変わっていった。
それまでは週末に会って飲み歩く関係だったのが、彼女の家に泊まることが自然になり、彼女の最寄り駅に向かうのが週末の習慣になった。会社から遠かったけれど、その距離さえも「会いに行く理由」になっていた。

金曜の夜、仕事を終えると足取りは重いのに、心は少しだけ軽くなる。駅に降り立ち、彼女の待つ居酒屋へ向かう。扉を開けると、既に赤ら顔でジョッキを掲げる彼女の姿があった。
「おつかれ!」
その笑顔を見るだけで、一週間の疲れが和らぐような気がした。彼女は酒好きで、いつも楽しそうに飲んでいた。そんな彼女とグラスを合わせる時間が、私にとって心地よい日常になっていた。

時には、ふたりで神社を歩いたり、小さな旅行のように街を散策したりもした。彼女を同僚や先輩に紹介することもあった。肩を並べて過ごす自分を見せることで、「自分もちゃんと恋愛している」と周りに証明しているような、そんな気持ちさえあった。

穏やかでケンカもなく、誰が見ても順調なカップル。
少なくとも表面上はそうだった。

しかし心の奥底では、どうしても引っかかるものが残っていた。
彼女と一緒にいて楽しい。安心感もある。寂しさは埋まる。
けれど、あの胸が熱くなるような感覚――「本当に好きで好きでたまらない」という感情は、最後まで芽生えなかった。

彼女が笑っても、隣にいても、私の心はどこか冷めている。
「俺は、本当に彼女を好きなんやろか」
そんな問いが、ふとした瞬間に頭をよぎった。

彼女は無邪気で甘えん坊だった。年上なのに妹のような振る舞いをすることも多く、その無邪気さに救われる自分も確かにいた。けれど同時に、心のどこかで「この関係は続いていくのだろうか」と、ぼんやりとした不安を抱えていた。

本当に好きな人と一緒にいるときに感じる、言葉にできない高揚感。
その感覚を、この関係からは得られなかった。

私はその違和感に気づきながらも、目をつぶった。
「順調」という言葉に甘え、「一緒にいると寂しくない」という事実に逃げていた。彼女の隣で過ごす時間は、空白を埋めるには十分だった。だが、心の奥を満たすには足りなかった。

周囲から見れば、幸せそうに映っていたに違いない。
でも実際の私は、安定の裏に広がる空虚さを抱えたまま、彼女の笑顔に寄りかかっていた。

この恋はきっと続くだろう。大きな喧嘩もなく、安定したまま。
でも、心のどこかで「このままではいけない」と感じている自分がいた。

「順調」と呼ぶには、あまりに虚ろな恋だった。


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