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写真詩の中の短編小説「感情の砂」

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詩も併せて読むとより深く楽しめます。



※このお話には津波の表現が出てきます。

「感情の砂」

 それはここから水面を見つめている。光は揺らめき、水面の向こうの景色は歪む。明るくなっては暗くなってを繰り返す。それはとても長い間、水面をただ見ていた。

「君、水面の外に出てみたい?」

 ある日、どこからか声がした。

「見てるだけってつまらないでしょ?」

 優しくこもった声が遠くへ行ったり近くへ行ったりと揺れる。

「つまらない?」
「つまらないっていうのは、つまり、つまらないと感じるってことさ」
「かんじる?」
「それはね、君の心のありようのことだよ」
「こころ?」
「心ってのは、自分のことがわかるということさ」
「ただみてるだけ。なにもわからない」
「そうか。私は波。君をあちこちへ連れて行ける者だよ。君が望むならね」
「のぞむ?」
「そう。君がそうしたいと思うなら、それは君の心がそう望んでいるということ。それを感じればいい」
「こころ、かんじる・・・・・・」

 それはしばらくの間黙っていた。波は相変わらず行ったり来たりしながら、特に急かすこともなく静かにしていた。波には時間がたくさんあったし、行きたいところへはすぐに行ける。だからこれは波の暇つぶしだった。

「ワタシのこころ、いきたいとのぞんでる。ソト」
「よし、それじゃあ連れて行こう」

 波は一気に海底へ下りてきて、砂をひと攫いした。ぶわりと舞い上がった砂はひと塊になって勢いよく水面へと昇っていく。

 眩しさの増す水中で、それは色々なものを見た。動くもの、動かないもの、小さなもの、大きなもの、それぞれまるで違う生き物が自分と波の周りに居た。それは食い入るように全てを見ている。

 辺りが白く輝いたと思うと、波とそれは大きな音を立てて水面へと飛び出した。 

「あっはははは! ほら、水面に出たよ!」
「ソト」
「そう! 君がずっと僕を通して見てた外だよ。広いでしょ!」
「ソト・・・・・・ひろい・・・・・・!」

 それはぐるりと周りを見回して、近くも遠くもしっかりと見た。どれもこれも、それにとっては知らないものばかりで目が忙しかった。
 少し先に何か動くものが見えた。波もそれに気がついたらしい。

「おや。あれは何かな? 折角だ、見に行こう」

 波が慎重に見えたものに近づいていく。それも波の中に隠れながら、しかし見たい気持ちを抑えられずに少しだけ波からはみ出して、じっと観察した。

 動いていたのは人だった。波はつまらなさそうに、「なぁんだ。人間だったのか」と言ったが、それは初めて見る人間に自分の中の何かが弾けるような気持ちだった。

 人間は大きな何かの周りに集まり、何かをしている。それは波に聞いてみることにした。

「あれ、ニンゲン、なに?」
「あれ? あぁ、あれは船っていうんだよ。人間って生き物が海の中の生き物を捕まえるために乗る物で、手に持ってるのは網。あれで一気に捕まえるんだ」
「つかまえる?」
「そ。人間は生き物を自分の物にするために捕まえてるし、たくさん持つために色々道具を作るんだよ。面白いよね」
「オモシロイ・・・・・・」

 それはまたしばらく考えた。波は、「人間に見つかったら面倒だ」と言ってその場をゆっくりと離れた。それでもそれがとても興味深そうに人間を見ていることには気づいていて、人間が見えるような距離を保っている。

 人間の居る海岸沿いと距離を取って平行になるように波はそれを連れて移動する。海岸沿いにはたくさんの船が波の際に置かれ、人間たちがあっちへこっちへと動き回る。それはその様子をじっと見つめていた。

「何が面白いの?」

 波がそれに聞いた。

「ニンゲン、たくさんドウグ、もつ。みてると、オモシロイ」
「なるほど」

 波は何かに気づいたように、人間とそれを交互に見て頷いた。

「君、人間を知りたいと思ったね?」
「しりたい?」
「そ」
「・・・・・・ワタシ、ニンゲン、しりたい。おもった」
「よし、それじゃあいい方法がある」

 波はそれを引き連れて海底へ戻り、海岸の方へと進んでいく。たくさんの砂を集めながら、波とそれは海岸の一歩手前までやって来てまた水面に姿を見せる。今度は岩陰に隠れながら、人間たちの様子を見る。

「いいかい? 人間を知りたいなら、まず人間の姿をよく見るといい。ここからなら、よく見えるだろう? それから人間の姿を真似るんだ」
「まねる?」
「人間と同じ姿を想像して。心の中で、自分が人間になったらどんな姿かなって考えるんだ」
「そうぞう・・・・・・カンガエル・・・・・・」

 それは必死に人間を見た。人間はたくさん居る。しかしそのどの姿も、それにはしっくり来なかった。

 ふと海岸の端に目をやると、ひとりの小さな人間がしゃがんで何かをしていた。急に立ち上がった手に何かを持っている。それを別の大きな人間に嬉しそうに見せる。「そんなもん拾っても腹の足しにもならねぇでねぇが!」という声が聞こえてきた。

 それは想像した。

 波が集めてきた砂たちが、一斉にそれの周りを覆っていく。波の中でそれはみるみるうちに形を持ち始める。そうして最後の砂粒が静かになると、波の中には小さな少女の姿になったそれが、ぽうっと薄い光を放って浮いていた。

「なるほどなるほど」

 波は満足そうにそう言うと、まだ不安定な砂の身体が崩れないよう、静かに岸まで運んだ。

「大体の人間には姿は見えないと思うから、少し見てくるといいよ」

 こうしてそれは、初めて地面の上に立つことになった。人間がしていたように身体を動かすと場所を移動することもできた。

 いくら人間には見えないと言っても、なんとなく良くない気がして、それは岩陰に隠れながら人間のことを見ることにした。ただひたすら、人間たちのことを見る。

 見ることに夢中になっていたそれは、そばに来ていた少女に気がつかなかった。「あっ」と小さな声が聞こえて、それと少女の目が合う。

「あなた、誰?」
「ワタシ、だれ?」
「お名前、わかんないの?」
「オナマエ、なに? ワタシ、みえる?」
「見えるよ? 迷子かな」
「マイゴ、わかんない。アナタ、だれ?」
「はなだよ」
「ハナダヨ?」
「ちがう。は・な!」
「はな。ナマエ、はな」
「そう。うーん、とりあえず、うみって呼ぶね。ここで会ったから」
「うみ。ワタシ、うみ?」
「うん! ちょっと待ってて。おとうに知らせてくるから」

 うみと呼ばれたそれは少女を見送ってから、波にどうしたらいいのかを聞こうと思ったが、波は何も言わなかった。

 はなが、おとうという人間を連れて戻ってくる。はなが一生懸命にそれを指差して話すが、おとうには見えていないのか機嫌を悪くして戻って行った。叱られたはなは泣きそうな顔をしている。

「うみ、おとうに見えないなんて。もしかして、海の神様かな・・・・・・」
「カミサマ、しらない」
「そっか・・・・・・神様なら、おかあを生き返らせてほしいってお願いしたかったのに・・・・・・」
「オカア?」
「はなのおかあ、死んじゃったの。それからおとうも怖くなって・・・・・・またおかあに会いたい・・・・・・!」

 はなは声を殺して泣き出した。きっと、おとうという人間に聞かれないようにするためだろう。はなの腕や足には青くて丸い色がついている。

 それは首をかしげて少し考えて言った。

「はな、おかあ、アイタイ」
「うん」
「おかあ、そうぞう、する」
「そうぞうする?」
「こころのなか、そうぞうする」
「こう?」

 はなが目を閉じた。ぽろぽろと目から涙を零しながら小さく、「おかあ」と言っている。

 それは、はなのおでこに自分の顔を当てると、はながするように目を閉じて想像した。はなが、「冷たい!」と言って目を開けると、目の前にはうみの姿ではなく、今自分が想像していたおかあが立っていた。

「・・・・・・お、おかあ?」
「ワタシ、おかあ?」

 はなは、がばりとおかあの姿をしたそれの膝に抱きついて、着物の裾に顔を埋めて泣き出した。それはどうしたらいいのかわからないものの、波に言われた、「人間を知るには人間をよく見る」という言葉を思い出して、そのままじっとよく見ることにした。

 よく見て、想像する。よく見て、考える。それはすっとしゃがんで、はなの両肩を摩った。

「はな、こころ、なにを、のぞんでる?」
「そんなの、もうわかんないよ。おかあに会いたいって思うと、お砂みたいに心がバラバラになるの。もうつらいよ」
「かんじる。こころ、ちゃんといってる。みないように、シテル。はなのこころ、かんがえる」
「考える・・・・・・」

 それからはなはじっと黙って考えているようだった。それは波がそうしたように、やはりじっと黙って待っていた。

「はな、おかあのところに行きたい。それか、優しいおとうに戻ってほしい。それか・・・・・・」
「・・・・・・ソレカ?」
「全部消えてなくなれって、思ったことある・・・・・・」

 はなは一番小さな声で、今までで一番強い意思を持ってそう言った。それの中で一気に何かが育っていく。

「なるほど。ニンゲン、つまらない」
「へ?」
「こころ、のぞむことをする。みないように、しない。なみが、そういった」
「波が?」
「だから、ワタシは、ここにきた。ニンゲン、なぜ、こころをみない。つまらない」
「つまらないって・・・・・・」
「なみに、きいてみる」

 そう言うと、それは海に身体を向けた。それの目は大きく見開かれ、顔には笑みが浮かんでいる。

「なみ、テツダウといってる」
「波が?」
「『夜、満月が真上に来たらまたここに来なさい』と、いってる」
「わ、わかった・・・・・・」

 少女は何が何やらわからないというような、怯えたような顔をして去って行った。海岸からは、帰り支度を済ませた人間たちが集まっては居なくなる。水平線の彼方に太陽が落ちるところだった。

 満月が空の真上に来た頃、少女が海岸へとやって来た。手には大きな貝殻を持っている。

「はな、キタ。それ、なに?」
「さっき拾った貝殻。おかあにも、見せたくて」
「カイガラ。はな、おかあのところ、いきたい」
「うん」
「ぜんぶ、なくなる、のぞむ」
「・・・・・・うん」
「ワカッタ」

 それが言い終わった瞬間、突如巨大な波が発生して、はなの集落を一瞬で飲み込んだ。はなは呆然としてそれを見ている。

「これで、ぜんぶ、ナイ。あとは、おかあのところ、いくダケ」
「おとう・・・・・・おとう!! こんなの望んでない! ごめんなさい! 本心じゃなかったの! ごめんなさい!!」

 はなは泣き叫んで走り出したが、波がはなをすっぽりと包み込んで、そして静かになった。

 それは、波が引っ張ってくる色々な物を見て、想像を巡らせていた。どうやら波は人間のことは海岸には引っ張って来ないらしい。バラバラと流れてくる色々な物を見る。一体どんな道具だったのか、どんな風に使われていたのか、想像して、そして見送った。

 物がほとんど流れてこないようになると、波が戻ってきた。

「これを君に」

 そう言って波が海岸に寄越したのは、はなが持っていた貝殻だった。それは貝殻をじっと見て、そして砂に埋めた。

「どうしたの?」
「これは、はなが、おかあにみせると、いってイタ。ワタシはもう、みた」
「ふーん」
「ワタシ、ここ、ノコル」
「え?」
「もっと、みたい。そうぞうしたい」
「君がそうしたいなら、そうするといいよ。私も何か面白い物があったら君に見せに来よう。君のように無垢な魂のカケラに出会えて私は嬉しい。これからも、君の近くに居るとしよう」
「なみ、ちかくにいる、うれしい」

 そうして波は1度だけそれをすっぽりと包み込むと、撫でるように海へと戻った。

 それの背中から朝日が差し込むと、それはさらさらと音を立てて砂へと戻って行った。


――――終

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星原かなた 有難うございます。頂いたチップは主に執筆活動費、そして娘の画材購入費になります。サポートしてくださった方には良いことが立て続けに起こるおまじないをかけておきます!