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写真詩の中の短編小説「砂浜と波」

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詩も併せて読むとより深く楽しめます。



「砂浜と波」

 俺はあの日、不思議な少女に出会った。不思議だと思ったのは、瞳の色が底まで透き通った海のように輝いていたからかもしれない。

 その日は急に海を見たくなって、真っ暗な高速を飛ばした。ビュン、ビュンと電灯が視界の後ろへと消えていく度に、鼻の奥が海の匂いで満たされていく。山を越え、広がる田畑を突っ切って星の数が増えていくと、気持ちがどんどんと前のめりになった。

 月明かりの無い、静かな海だった。子供の頃は毎年家族と来ていた浜辺。家族で旅行をしなくなってから、もう随分と来ていなかった。そして季節外れの砂浜はただの闇であるはずだった。誰も居ないと思って道路から砂浜に飛び降りた俺の視界の中心に、人が居た。

 一瞬ぎょっとしたのは嘘じゃない。なぜならその人影の輪郭が仄明るく光っていたから。ぼんやりと、その人影は波の際に立って下を向いている。その髪の毛がさらさらと波の動きに合わせて揺れる。俺は本気で、『出た』と思った。

 俺の膝は力無く崩れ、頼りない腰はへたり込んだ。その音を聞いて、その人影は振り向いた。しっかりと交わした視線からはなんの感情も伝わらず、波の音が耳の中でこだました。

「ワタシ、見えてる?」

 俺の半分ほどの小さな人影が、ガラスのような声でそう言った。俺は思わず頷いてしまう。

「めずらしい。コッチ、来る?」

 少し悩んで、俺は頷いた。元々海を見に来たのだから、たとえ光る少女が隣に居ようが関係無い。俺は俺の目的を果たせばいい。それに今のところ敵意は感じない。

 俺は少女の隣に腰を下ろした。今度は自分の意思で波打ち際に腰を下ろす。少女はそんな俺を見て、真似をして自分も座った。

 しばらくの間、ただ星を眺めて、波の音を聞いて、冷たい夜風を受け止めた。何も話さないでいるのに、心地良いというか、隣には誰も居ないような気さえしてくる。でも時折キュッと鳴る砂の音に1人じゃないことを確認させられる。不思議とこの少女に懐かしさを感じ始めていた。

 思い切って話し掛けようか悩んでいると、少女が突然立ち上がった。

「波が言ってる。コッチ、来て」

 少女の冷たい手に触れて、俺はこの手を知っていると思った。砂の上を走っているはずなのに、まるで土の上を走っているように滑らかに足が進む。

 そして少女に手を引かれるまま、俺は砂浜の端までやって来た。波が海に戻っていくと、乾いた砂と濡れた砂の境目に何かが落ちている。

「マタ、これダ」

 少女が乾いた砂の方にしゃがんでそう言った。隣にしゃがんで見てみると、少女の仄明るい姿に照らされたそれは割れた瓶の底だった。

「コレ、きれいだ。よく波が持ってクル。でも、見せるだけだ」

 そう言いながらも少女はそれには手を伸ばさない。危ないから手を伸ばさないのはいいとして、見せるだけとはどういうことだろう。

 ざっぱーんと大きな音がしたと思うとさっきよりも大きな波が俺と少女に迫ってきた。俺は反応が遅れてしまって、靴とズボンの裾とお尻とが見事に濡れる。少女は濡れることなど気にせず、引いていく波を眺めている。波が引き切ったときにはさっきの瓶底は無くなっていた。

「いつもそう。波は見せるダケ。どんなものか、ワカラナイ。でも見るダケでも、オモシロイ」
「見るだけで面白いのか?」

 つい声にしてしまった。

「オモシロイ。どう使うのか、使われたのか、想像して、ワタシはマンゾク」
「綺麗って言ってたけど、欲しいとは思わないの?」
「思わナイ。手に入れて、マンゾクできるものはナイ」

 きっぱりと言われてはもう何も言えない。しかし少女の言うことは確かにそうかもしれないと思った。

「さっきのは割れた瓶の底だよ」

 俺の口は勝手に喋り始めた。

「ワレタビンの底?」
「うん。元々はこういう形なんだ」

 湿っている砂浜に指で瓶を描く。

「さっき見たのはこの部分」
「尖ってイタな」
「割れてたからね。怪我するから触らないのは正解だよ」
「ドウ使う?」
「大体はこの中に液体を入れて運ぶんだ。さっきのは割れてるから使えないけど」
「ナルホド」
「波はいつもこうして何かを君に?」
「ソウだ。波は見せるダケだが、たまに残シテいく。ワタシはそれを、砂に埋める」
「なぜ? 欲しいと思わない?」
「思わナイ。そうしたいカラ埋める。それから想像する。オモシロイ」

 それ以外に理由がいるかとでも言いたげな目で俺を見る少女。俺の心まで見透かされそうなほど、少女の目は透き通っていた。

 手に入れるほど、その手からは何かが零れていく。どんなに苦労しても、どんなに上手くやろうとしても、どんなに他人の顔色を伺っても、俺の手には満足に残らない。ましてや自分のしたいことなんて、もういつ零したのかもわからない。

「デモ」

 少女が話し出した。

「砂に埋めても、ニンゲンが掘り出して、持ってイッテシマウ。ダカラ、ワタシは想像して、マンゾクする。今日はニンゲンが、ワレタビンの底を、教えてくれた。ワタシは、マンゾクだ」
「満足ってどういう意味?」

 俺は聞かずにはいられなかった。

「マンゾクとは、マンゾクというコトだ。ワタシがマンゾクだと思い、それ以上でもそれ以下でもナイ」
「何も持ってないのに満足なのか?」
「ワタシは、ワタシを知っている。それで十分だ。何かを持ちタイと、思うのはジブンを、知らナイからだ。ジブンを知っていれば、何かを欲しいと、執着しナイ。マンゾクしているから、波やニンゲンが持ってイッテも、なんともナイ。お前は、そんなに何かを、持ちたいノカ?」

 心にグサリと刺さる。俺が欲していたもの、手に入れたいと思うもの、そして手から消えていったもの。その全てが、自分を知らないからゆえだと言う少女の言葉に、反論できなかった。

「持ちたいと・・・・・・思ってた」

 俺は力無く返事をする。

「そして全てを失って、ここに来た。もう全部捨てたいと思ったのに、結局捨てられなくて、息ができなくなって。急に海を見たくなってここに来た」
「海はイイ。過不足ナク、そこに在る」
「あぁ・・・・・・それで来たくなったのかもしれない」
「何かに執着スルのは、外にマンゾクを求めるカラだ。マンゾクは全て、ジブンの中にある」
「・・・・・・なるほど。だから、『私は満足』なのか」
「ソウだ」

 少女は満足そうに笑顔を作った。

 少女とまた砂浜を歩き出す。景色もさっきまでとは違うように見えた。星も波も風も、今の俺そのものを肯定も否定もせずにそこに在る。俺は持ちすぎていたのだと、ようやっと納得できた。

「ありがとう」
「ドウした?」

 少女がきょとんとしている。俺は心から満足して、少女にお礼を言った。

「ありがとう。君と出会えて良かった」
「ワタシも、オモシロかった」
「俺、もっと色んな場所に行ってみたいな。仕事も人付き合いも捨ててさ。もうトラブルも不安もごめんだし」
「ソレでお前がマンゾクなら、オモシロイ」
「そう・・・・・・そうだな。面白いかも。友達もお金も無くなくなるだろうけど。俺は今、『そうしたい』と思ってる」
「必要なものは、必要なトキに、お前のところに来る。マンゾクしているなら、何も無くならナイ。問題も起こらナイ」
「確かに」

 一気に肩の力が抜けた。もう濡れたズボンも気にならない。ローンを組んで苦労して手に入れた車も、未練が残っていた人間関係も、辞めるに辞められなかった仕事も、全て遠く霞んでいくようだった。こんな簡単なことに、俺はずっと執着していたのか。

 執着の果てに残ったのは、色々見たいという気持ちだった。少女の言う、「見て想像するだけで面白い」という気持ちが、ほんの少しわかったような、まだわかりたくないような、そんなわくわくとした気持ちだった。

 不意に靴に何か固い物が当たった感触があった。視線を向けると、波が俺の靴に大きな貝殻を何度も当てては引いていく。見たこともないほど白くて綺麗な貝殻だった。

「めずらしい」

 少女はまた楽しそうに言った。

「波が、持っていけとイッテいる。オモシロイものを、見せてモラッタと」

 俺はその貝殻を拾い上げた。そして散々迷った挙げ句に、その貝殻を有難く貰い受けることにした。

 性根はすぐには変えられない。この出来事をずっと手に持っていられるようにしたいと思った。したいからそうする。自分の中の満足が本当の意味でいっぱいになった時、きっと俺はこの貝殻をここに埋めに来る。心の中でそう確信があった。

 少女はそれを見届けると、サラサラと砂粒になって波の中に消えていった。どの砂が少女の砂だったのかあっという間にわからなくなり、そして朝日が昇った。



 俺は少し汚れた貝殻を持って、またここにやって来た。少女へのお土産に少女の瞳の色と同じ色の瓶を持って、あの日と同じ時間、同じ場所に立つ。

 波の音に混じって、さらさらと砂の音が聞こえた。


――――終


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星原かなた 有難うございます。頂いたチップは主に執筆活動費、そして娘の画材購入費になります。サポートしてくださった方には良いことが立て続けに起こるおまじないをかけておきます!