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写真詩の中の短編小説「地球の空」

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詩も併せて読むとより深く楽しめます。



「地球の空」


「君、馬鹿な真似はよしなさい」

 つい声を掛けてしまってから後悔した。また悪い癖が出てしまった。

「は? おっさんには関係ねぇし」

 見た目はまだ10代前半。服装は乱れてはいないが綺麗でもないスウェット。靴の泥汚れがまだ乾ききっていないということは、まだ外に出てきてそれほど経っていないということだ。昨日の雨でまだ地面が濡れていて、尚且つこの地域でその薄い黄土色の砂の泥を付けるには、城の山公園を通る他無い。この時間に城の山公園を通ったということは公園前の多田場駅が最寄りのはずだ。こんな時間ではその駅に乗り換えの電車は来ない。タクシーを使ったとも思えない。つまり、多田場駅近辺に住んでいる中学生の可能性が高い。あそこら辺の中学は確か・・・・・・。

「君、城北中学校の生徒か?」

 暗いながらも相手が大きく目を見開くのがわかった。じめっとした空気をひゅっと吸い込む音が真っ直ぐに耳まで届く。

「おっさん、探偵? それともおっさんがストーカー?」

 おっさん『が』、という言葉を気に掛けつつ、城北中学の生徒であることは確信を得たので、相手の警戒心を解くことに神経を集中させる。なぜなら彼女はまだこの屋上の柵の向こう側へ身体を半分預けた状態だからだ。

「私はストーカーではないはずだよ。何せ君と会ったのはこれが初めてだし、それに探偵でもない。それからおっさんって名前でもない。中島だ」
「あっそ。どうでもいいけど」
「天体観測にしては随分危険だと思うんだが」
「星なんて見えないじゃん」
「そんなことはない。ちょうど君の上にひとつある。あれは木星だね」
「ほんと?」
「適当に言った」
「うざ」
「星は見えるよ。なんなら君の家の方がよく見えるだろう。ここは街明かりが明るすぎる」
「この下にも人がうじゃうじゃ居るよ。誰もうちのことなんて見えてないけど」
「私は見てるよ。そういえばさっきストーカーと言ったね。つまりもう1人、望ましくはないが君をつけ回してる人間が居るってことだ。君には本当は心当たりがあるのかな?」
「おっさんやっぱ探偵?」
「中島だ」
「ふーん」

 少しこちらに興味を持ってくれたようだ。下から照らされる彼女の顔が少し緩んだ。クラクションの音が下から迫る。

 クラクションが遠ざかってから、私は彼女の核心を探ることにした。

「君がここに居るってことは、ご両親は知らないんだね」
「知るわけないじゃん。誰もうちに興味無いもん」
「ということは、学校の友達も」
「友達居ないし」
「じゃあ先生も?」
「・・・・・・まぁね」

 一瞬のを私は見逃さなかった。この間を私は知っている。私の心に強い嫌悪が宿った。

「そうか、君は先生にストーカーされているのか。学校と家に居場所が無いということは、君とその先生はお付き合いでもしてたかな」

 彼女の纏う空気が変わった。10代特有の、相手を遠ざけたいけれど話したいという感情がダダ漏れになったその空気を感じて、私は一気に畳みかける。

「感情というのは時として予想が難しく、そして避けがたいものだ。恋だ愛だとなれば尚更ね。君とその先生がどういった経緯でそういう関係になったのかはわからないし、なぜ今君が苦しんでいるのかも私にはわからないけど、ひとつ言えるとすれば、『君が苦しむのは間違ってる』ということだ。だってそうだろ? 君は私よりもずっと若い。守られるべき存在だ。何より、そこから落ちても何も解決しないというのは確かだ」
「生きてたって解決しないからここに来たんだよ!」

 彼女が声を張り上げた。しかしその叫びも、街明かりと騒がしい街音に消されて下には届かない。

 私は彼女に気づかれない程度にジリジリと間合いを詰め始めた。5年前だったか。橋の上でこの状態になった女性を説得した時のことを私は思い出していた。彼女とは今でも良き友人として付き合いがある。先日、良い人と結婚したと報せを受けて、私の役目はようやく終わったと思ったんだがな。

「君はまだ中学生だ。私は君や君のご両親よりは長く生きている。何か解決策を知っているかもしれん。良ければ最後の気まぐれと思って詳しく話を聞かせてくれないか。何、どうせここには誰も来ない。そのストーカー先生とやらも居る気配が無いし」

 彼女からの返事は無い。

「君の隣に、良ければ行きたいのだが」

 返ってきたのは無言だった。私はあまり刺激しないように、ゆっくりと彼女の隣に行き、そして柵に寄りかかるようにして座った。彼女は相変わらず姿勢を崩さない。

「いやぁ。ここの錠は頑丈だったんだけどなぁ。君、あれを壊すなんてすごいね」
「・・・・・・このビルっておっさんの?」
「私のではないが、まぁ、色々ね」
「ふーん」
「それで、君は一体全体どうしたっていうんだい」

 彼女の話によるとこうだ。その先生は彼女の1年の時の担任で、30も年上だったが彼女が一目惚れをして、密かに交際をスタートさせる。しかしそれが2年になってバレて大騒動になり、先生は懲戒解雇。その頃から先生の挙動がおかしくなり、怖くなったんで別れを告げたら、ストーカーをされるようになった。最近猫の首が届いて怖くなり、親や学校や警察に相談するも自業自得と相手にされず、学校では虐めを受けるようになり、どうしようもなくなってここに来た、と。淡々と、でも話せることの喜びを滲ませて彼女は一気に話した。
 私は何も言わず、煙草に火をつけて聞いていた。

「おっさんのその煙草、あいつのと違う臭いがする」

 話しきって気が抜けたのか、彼女が柵から降りて私の横に立った。

「煙草にもいろんな種類があるからね」
「それ、いい臭いだね」
「そりゃ良かった」
「ね、うちキモいでしょ。もうどうしようもないんだよ」
「キモいのは周りの大人だ。クズ以下だ」
「あはは。おっさん言うね。もしかして偉い人?」
「私はただの中島だよ」
「ふーん」
「さて、まずしなければならないのは警察への通報と、君の保護だな」
「え、嫌だよ。最後の気まぐれって言ったじゃん」
「何か解決策を知ってるかもしれんとも言ったぞ?」
「うわ、おっさんズル」
「君より長く生きてるからな。警察はご家族とも話ができる頭のキレる奴がいいだろう。ストーカー先生のやってることはどれも犯罪だからな。すぐに動いてくれるはずだ。それから教育委員会にも連絡して、学校の対応を叱ってもらわにゃ」
「・・・・・・」

 口を開けて固まっている彼女を尻目に、私は知っている限りの人間に電話を入れた。

「おっさん、何者・・・・・・?」
「私は中島だよ。君とは違う人生を生きてきて、君の知らない世界を知っていて、君が見たこともないような美しい星空を知っていて、いつもこうしてお節介を焼いてしまう、ただのおっさんだ」
「確かに、おっさんだ」

 彼女は笑っていたが、目に溜まった涙が下から照らされていた。

「うち、天の川見たことないんだよねぇ。おっさん、見える場所知ってる?」
「勿論知ってるさ。なんなら今だって君の上に天の川があるぞ?」
「ほんとに?」
「適当に言った」
「やっぱウザい」
「でも私には美しい天の川が見えてる。人の数だけ、見える景色は違うということさ。君が見る空と私が見ている空は、同じに見えて違うものだし、ここから見えている景色だって違うように映っているはずだ。その光の中に見る記憶が違うからね」
「難しいことはわかんない」
「ははは。そのうちわかるさ」

 そんな話をしていると屋上の入り口からドカドカと何人かの警察官が血相を変えてやって来た。その中にさっき連絡を入れたスーツ姿の海翔かいと君の姿を見つけて、私は苦笑いを浮かべる。

 事情を話し、海翔君が彼女に警察の不手際を深々と謝罪した。「おっさんマジで何者なの?」と彼女は目を丸くしたが、警察官たちに保護された彼女の顔には安堵が浮かんでいた。多分もう大丈夫だろう。

「中島さん、教育委員会には連絡入れました?」
「おう。陽真はるま君に入れたよ。明日朝一でこっちに来るってさ。あとついでに文部省の愛紀あきちゃんにも連絡しといた」
「流石、根回しが早い」
「いやぁ、みんな立派になったよねぇ」
「しかしなんでまたこんなところに」
「ん。ちょっとね」
「まさかまた!」
「いやぁ。どうして毎度こうなるかね」
「やめてくださいよ! 中島さんにはこれからもお世話になりたいんですから! 中島さんに憧れて警察官になったのに!」
「警察官なんてろくなもんじゃないぞ。大事な人の死に目に遭えないなんてな」
「覚悟の上ですから!」
「あーあ。この前咲苗さなえさんが結婚して、海翔君もこうして立派になって、他のもしっかりやれてるから、やっといけると思ったのに」
「また1人、中島さんの子供が増えましたね。これからも長生きしてくださいよ、おと~さん!」
「やれやれ。あいつはとっくに空にいっちまったってのに。いつまで経ってもあいつの顔を見に行けねぇや。・・・・・・下のコンビニで新しいの買ってくらぁ」

 煙草の空箱を握り潰して、ズボンのポケットにねじ込んだ。


――――終

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星原かなた 有難うございます。頂いたチップは主に執筆活動費、そして娘の画材購入費になります。サポートしてくださった方には良いことが立て続けに起こるおまじないをかけておきます!