写真詩の中の短編小説「とべないわたし」
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詩も併せて読むとより深く楽しめます。
「とべないわたし」
ーー空を飛びたい。そう思ったことがある人は多いだろう。しかし人間に与えられた移動手段は『2本の足』だった。それゆえに、人間は空への羨望を持った。
ーー地球には大気というバリアが存在していて、そのバリアのお陰で地球には生き物が爆発的に増えていった。
ーー大気は地球の生き物を守ると同時に、我らを閉じ込める檻にもなったのだ。
勉強が大の苦手な僕が、なぜ苦労してこの大学を選んだのか。それはこの、台岳教授の宇宙物理学の講義を受けたかったからだ。
数学と物理は勉強してみると意外と脳みそにしっくり来たというのは、有難い気づきだった。反対に国語と英語と社会は猛勉強が必要だった。
合格者番号の中に自分の番号が浮き出て見えた時には、何かの間違いじゃないかという気持ちと、あれだけ勉強したんだから当然だという気持ちがごちゃ混ぜになってしばらく立ち尽くしてしまった。傍から見たら不合格者に見えたのだろう。周りが気遣うような空気を感じたくらいだ。そして僕は、合格者のガッツポーズを取った。
そうして入学した今、僕は念願の台岳教授の講義を一番前で聞いている。憧れた教授が目の前で教鞭を振るっているのだ。僕のあの地獄のような勉強の日々は一瞬で報われた。
「あ、ちょっといいかな」
講義終わり、台岳教授がなんの間違いか僕に話し掛けてくれた。僕は突然のことに固まって上手く声が出せなかった。
「あ、は・・・・・・い。な・・・・・・で、しょう」
「ははは。そんなに緊張しなくても。君、えーと」
「あ・・・・・・加藤です」
「加藤君か。君、確か出張授業の時にも私の授業を興味津々に聞いてくれていたよね」
「え!? 覚えていてくださっていたんですか!?」
「勿論。あんなに真剣に私の授業を聞いて、質問までしてくれた生徒を忘れるわけないよ。こうして教師をしてる人なら誰でもね」
「わ、わ。あの、僕、教授の授業を受けたくて、この大学を受けたんです」
「そりゃあ光栄だね! ようこそ。君のようなやる気のある学生はぜひうちのゼミにも来てほしいよ」
「はい! もう今からでも行きたいくらいで!」
「はははは。加藤君が3年生になるのを楽しみに待ってるよ」
「はい! 頑張ります!」
「それじゃ、また明後日の講義で。君のレポートを読むのが楽しみだ」
「有難うございます!」
夢心地だった。推しは誰だという話になったら僕は間違いなく台岳教授の話をするだろう。
台岳教授と出会ったのは、高校1年の時の出張大学授業の時だった。うちの高校では毎年1年生の夏休みに1週間、補講と併せて色々な大学から教授が出張授業という形で高校生向けの授業をしてくれる。謂わば大学紹介みたいな行事だ。
僕は当時あまり進学に興味も無く、勉強も嫌いだったのもあってとても憂鬱な思いでその案内を見ていた。
なんとか興味が湧きそうな授業を探していると、宇宙物理学のクラスに目が留まった。普段なら絶対に敬遠している類の授業だが、その時はどうしようもなく惹かれてしまった。宇宙という言葉のせいかもしれない。勉強は嫌いでも、昔から宇宙はなんとなく好きだった。
その大学は今年から出張授業に参加することになったらしく、物珍しさで結構な人数の生徒が台岳教授のクラスに申し込んでいた。
授業当日、ガヤガヤと集まった生徒に教授はサラッと、「おやおや、宇宙物理学を学ぼうという気持ちの人はあまり居なさそうですね。私は動物園の猿じゃないのですが」と言ってのけた。僕が教授に惚れた瞬間だった。
台岳教授の授業は宇宙物理学というよりも、哲学チックな言葉運びがあって、聞いていてとてもワクワクした。物理の解説も日常と絡めたものでとてもわかりやすく、勉強がこうやって役に立つのかと目から鱗が落ちる思いだった。他の生徒には不評だったようだけど、僕は一層、台岳教授の授業を間近で聞きたいと思うようになった。
大学で学ぶことは高校の内容よりもレベルが遥かに上がっていて、正直何度も心が挫けそうになった。バイトやら飲み会やらデートやらと忙しくしている同期を尻目に、僕は必死に勉強をするしかなかった。
しかし成績はなかなか振るわず、留年ギリギリでの進級となった。台岳教授の授業も例外ではない。
「教授」
1年生最後の台岳教授の講義の後、僕は意を決して教授に話し掛けた。迷惑かもしれないと思っていたのに、教授は、「やっと来たか」と笑顔で言った。僕には意味がわからなかった。
教授は自分の研究室へ僕を案内してくれた。そこには先輩たちも居て、みんな何かしらの実験をしていたりレポートを書いたりしている。すごく場違いな気がして、僕は俯いて教授の後を着いていった。
「さ、そこに座りなさい」
教授の部屋のソファーに座るよう促される。もう吐きそうだった。
「さて。私の授業は少々イメージと違ったかい?」
「いえそんな! 僕が勉強できないのが悪いんです!」
「いやいや、すまない。そういう意味じゃない。君がよく頑張っているのは知ってるよ。他の教授からも、君の話は聞いてるし」
「え・・・・・・」
「悪い方でじゃない。君は誰よりも学生らしく勉学に励んでいるという話だ」
「はぁ・・・・・・」
「加藤君は、高校の時にどんな風に勉強していたんだい?」
「え・・・・・・基本的には学校と塾で勉強して・・・・・・課題をやって・・・・・・」
「わからないところは?」
「何度も教科書とか参考書とか見て、それでもわからない時はネットで調べて、それでもダメなら先生に」
「なるほどなるほど」
台岳教授は1人で納得したように、そして楽しそうに頷いた。僕には何が何だかわからなかった。
「まだうちのゼミに入りたい気持ちはあるかい?」
「も、勿論です! でも・・・・・・僕なんかじゃ無理かも・・・・・・そのことで相談に乗ってほしくて・・・・・・」
「うん。よく来てくれたね。正直、もっと前に君が来るんじゃないかと期待していたんだけどね。君の話を聞いて納得した」
「へ?」
「君はなんでも1人でやる癖があるようだ。それ自体は悪いことじゃない」
「はぁ・・・・・・」
「しかしここは大学だ。高校までとは違って、要領の良さも大事になってくる。先輩たちや同期たちと繋がって過去問を手に入れたり、わからないところを聞きあったり。講義を担当している教授を捕まえる学生も居るね」
「でも、教授だってお忙しいんじゃ・・・・・・僕はサークルとかには参加していませんし・・・・・・勉強しに来たので・・・・・・」
「それ自体は素晴らしい心がけだ。つまりね、もっと周りを頼っていいってことなんだ」
「周りを?」
「そうだ。大学というのは研究機関でもある。研究というのは周りとのコミュニケーション、つまり頼り合って成り立つことの方が圧倒的に多い。独りよがりの人間に居場所は与えられないし、結果が出るのも時間がかかる」
「そう・・・・・・ですよね」
「最近の君のレポートには焦りと僻み、そして他者を羨む感情が溢れ出ていた。その気持ちが君を壊す前に、こうして頼ってくれて私は嬉しい。できればもっと早くに来てほしかったがね?」
「すみません」
台岳教授は湧いたお湯で自分の分と僕の分のコーヒーを淹れた。「君には少し糖分が必要だね」と言って、角砂糖を2つ入れてカップを僕の前に置いてくれる。僕はもう泣きそうだった。教授に言われたことが全て図星だったからだ。
「さて。本題に入ろう。加藤君、君はなぜ私の宇宙物理学を受けている?」
涙をコーヒーで流し込んで、僕は答えた。
「宇宙物理学というより、宇宙が昔から好きなんです。なんていうか、哲学じみてて」
「ほう」
「それで、教授の出張授業を受けたとき、もう目から鱗というか。教授の講義を受けたいって思ったんです」
「光栄だね」
「でも、僕は元々勉強ができる方じゃなかったので、無理矢理成績を上げて入ったから、段々ついて行けなくなって・・・・・・教授の言う通り、周りを僻んでいたかもしれません」
「加藤君。空飛ぶ鷹は私たち人間を羨ましいと思うだろうか?」
「え? えーと・・・・・・思わないと思います」
「なぜ」
「えっと・・・・・・空を飛べる方が移動が早いし、ごみごみしてないし」
「では、空高く飛ぶ鷹は、飛んでいることを怖いと思うかな?」
「思わないと思います。飛ぶことが当たり前なので」
「いいだろう。では最後に、鷹は自分より高い雲を見て嘆くだろうか?」
「・・・・・・」
1年間教授の講義を聞いてきて、教授が今何を言わんとしているのかなんとなく見えてきた。これは、僕の心を鷹を通して見せようとしてくれている、教授なりの激励だ。僕にはそう思えた。
「嘆きません。雲まで飛んでいってやるって思うと思うし、飛べなくてもできる最善を考えます」
「そう! その気持ちが宇宙物理学には必要なんだ。君は私のゼミに来る資格がある」
「あ、有難うございます!」
憧れの教授にそう言われて、僕の涙腺は崩壊した。
「佐久間君!」
「なんですか?」
急に教授に呼ばれた佐久間という先輩がひょっこりと顔を出す。
「将来有望な我がゼミ志望の1年生だ。面倒見てやってくれないか」
「それは楽しみですね。教授がそこまで言うならいいですよ。ちょうど手が空いたし、一緒に学食どう? 名前は?」
佐久間先輩は優しそうな笑顔を向けて僕を連れ出してくれた。涙と鼻水でグシャグシャの僕にティッシュをくれる人だった。
「そっかー。加藤君も教授の魅力にやられたかぁ」
佐久間先輩に一通り話すと、嬉しそうに先輩はそう言った。
「俺もさぁ、教授のあのブラックでユーモラスな哲学的宇宙の話に惚れてこのゼミに入ったんだよね。教授の講義あんな感じだから、ゼミに入りたいって人あんま居ないし」
「そうなんですか!? すごく人気のゼミかと・・・・・・」
「あぁ見えて、宇宙物理学の研究では結構有名な人なんだけどさ。ストレートにものを言ったり、かと思えば話が抽象的すぎたりで、学生には人気無いの。本人は気にしてないけど」
「はは。ですね」
「鷹の話はされた?」
「あ、はい。ちょうどさっき」
「あれ、教授がゼミに入りたいって学生を試すための恒例の質問なんだよ」
「そうだったんですか? てっきり先生なりに励ましてくれてるのかと・・・・・・」
「それはどうだろ? でもその質問をクリアしたってことは、教授のお眼鏡に敵ったってことだから、自信持っていいよ」
「そうなんだ・・・・・・よかった・・・・・・!」
「んで、何に悩んでんの?」
「えっと・・・・・・なかなか成績が上がらなくて、留年ギリギリで・・・・・・」
「なんだそんなことか。過去問とか俺大体持ってるし、わかんないとこバンバン聞いてよ! なんなら俺の友達に頭いい奴居るから」
「え、え、え」
「遠慮は無し! 後輩に優しくすんのが先輩の仕事! 2年からの講義はバシバシ面倒見てやっから安心しな! 俺らもそうやって先輩に助けられてきたし」
「有難うございます! もうダメかと・・・・・・」
一気に身体の力が抜けた。教授の言っていた、『独りよがりでは結果を出すのに時間がかかる』という言葉の意味がじわじわと頭を満たしていく。
「教授の鷹の話には続きがあってさ」
カレーを頬張りながら先輩がこっそり教えてくれた。教授の話し方をそっくりにコピーして。ゼミに入った人にだけ話してくれるらしい。
ーー鷹は自らの翼で地面から飛び立つ。ではその翼を我々人間はなぜ持っていないのだろう。翼があれば空へさらに近づけるというのに。人間はこれだけ空に憧れ、研究し、ロケットまで作ったのに、まだ地面を歩いている。それはなぜなのかを常に考えるように。それが宇宙物理学の礎になる。
――――終
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