「働きたくない」が口癖の就活生が、ノリで新聞記者になったら“天職”だった
新聞記者です
と言うと、大抵は「新聞記者!?」と聞き返される。一言で何の仕事か分かるのに、あんまり出会わないからだろう。
「元々マスコミ志望だったの?」「作文が得意だった?」とよく聞かれるが、どちらも違う。
就活生時代の私は「働きたくない」が口癖だった。
喫茶店のホール、イベント運営、パン工場のライン、薬局のレジ・・・
アルバイトはいろいろやったけど、どれも苦痛だったから。実家暮らしということもあり、「こんなにストレスを抱えながら働くくらいなら、遊ぶお金がない方がマシ」と思っていた。
だけど大学3年生になり、就職活動の波に抗えなかった。
やりたいこともなければ、いくら自己分析をしても「適職」が分からない。
多分どの仕事を選んでも「働きたくない」ことに変わりはない。少しでも休みが取りやすく、残業が少なそうな仕事に就こう。
そんな舐めた“就活軸”で、手当たり次第に応募した。
冬から徐々に選考が増えていったが、結果は惨敗。そりゃそうだ。
エントリーシートの時点で落とされ、面接にたどり着かないことも珍しくなかった。
あっという間に大学4年の春。周りがどんどん就活を終えていくなか、とうとう就職先を決められないまま、7月になった。
いつものように就活サイトを眺めながら自宅のソファでくつろいでいると、父親が仕事から帰ってきた。
「今日、新聞の取材を受けたよ」
手渡された名刺には「記者」の文字。一般家庭より経営者向け・ごく一部の地域を扱う地元密着系の新聞だからか、知らない名前だ。
たまたま父親に役が回ってきた、地元の慈善団体の新会長を紹介する企画の取材だった。
「新聞記者ってすごい仕事だよな。毎日いろんな所に取材に行って、いろんな人に話を聞くって」
楽しそう。
高校時代、知的な人に憧れがあった。テストや受験に向けた勉強には興味が持てないくせに、「教養を増やしたい」とか言ってたな。
成績の良い同級生は、テストに出ないようなこともたくさん知っていた。「フィンランドのめっちゃ不味い飴もらった!」と話したら「サルミアッキか。昔テレビで観た」などと即答され、その引き出しの多さに痺れた。
いろんな人の話を聞いたら、教養増えるんじゃね?心、豊かになりそうじゃね?
気付いたら、名刺にあったアドレスにメールを送っていた。
「新卒ですが、応募は可能でしょうか。」
企業サイトを見る限り、経験者しか募集していないようだった。それでも翌日には丁寧な返信があり、翌週には面談をしてもらった。
そのまま選考に入り、2度の面接を経て内定をもらった。
内心、不安もあった。「完全週休2日・残業少なめ」という理想とはかけ離れていそうだし、そろそろ実家を離れて生活するのも良いなぁと思っていたから(新聞社は実家から車で15分)。
でも、楽しそうという直感に従ってみることにした。なんか「新聞記者」って響きもいいし。
あのとき見た名刺の人は、私の先輩に。丁寧な返信をくれた人は、尊敬する上司になった。
イメージ通り、社会見学のような日々。この仕事じゃなかったら一生知らずに終わっていたような物事が、私の知識欲を満たしてくれた。
まさに、これを求めていた・・・!
地元のことを、知れば知るほど好きになっていく。いろんな人の話を聞きながら、なぜか目頭が熱くなる。
作文は苦手だったはずだけど、取材で見聞きしたことを余すことなく伝えたい。一字一字を考え抜いた記事が、地域の記録として、誰かの記念として残されていくのが誇らしい。
「たまたま」に乗っかったら、新聞記者になっていた。
“天職”なんて、幻想だと思っていたけど。ぽっと出の選択肢が、人生を輝かせてくれることもある。
