日本一時帰国あれこれ
七月二十九日の午後五時頃、成田空港を少し遅れて飛び立ったANAは無事ブリュッセル空港に着陸した。夕方の黄昏はまだ遠く、熱気が体を包んだ。日本に降り立った時より、暑かった。夏が戻ってきた。そう感じた。
今回の一時帰国は大切な友人や家族と時間を過ごすという最大の目標をゆとりを持って迎えることができた。老いて丸くなった父、少し尖る母を見ながら毎晩ビールと日本酒に舌鼓を打つ。ビール大国のベルギーに住んでいるが、わたしは日本のビールが美味しいと思う。なんだろう。味というより湿気と暑さとの相性だろうか。黒くて濃いベルギービールは寒さの冬がよく似合う。朝が弱い鬱を患っている母はたくさんのご馳走をつくれないと申し訳なさそうだったが、なんら問題はなかった。スーパーの惣菜でさえ二年ぶりの味なのだ。
実家の近くの失われていく田んぼ群を見ながら散歩し、ドライブスルーのあるスタバでコーヒーを飲む。ここには都会の息吹があり、少し安心するのだ。女性の店員さんが全員可愛いと長女がわたしに伝えて欲しいというので、本人に伝える。あなたの方が可愛いよと返され満足そうだ。まるで友人の告白についていく中学生の自分を思い出した。確かに細やかに染めたヘアカラー、甘い声音や気遣うような仕草を持つ日本人女性たちは「可愛い」のだろう。可愛さの洪水に染まらなきゃと押しつぶされそうだったあの頃のわたしは既になく、それは過去の遺物に見えただただ眩しく観賞した。

中学校を卒業して横浜の高校に通い始めたわたしには地元の友達がもう一人しかいない。なかなかLINEの既読がつかない彼女にもう一度だけメッセージを送った。すぐ返信が来た。どうやら第三子を妊娠して産休に入ったところらしい。妹に話すと、小田原の人って三人とか産むよねと。彼女はすっかり大和市民になったようだ。
子どもたちを寝かしつけた平日の午後九時に車で迎えに来てくれた。夜のファミレスは久しぶりだ。中学生や高校生の頃、友達とドリンクバーで延々とだべっていたほのかな記憶が蘇ってきた。祖父が亡くなり父が住んでいる家を新しくし二世帯住宅を建て引っ越す頃が出産予定日だそう。
短いスカートと細い眉毛にアイメイクが押されたあの時代、黒髪をさらさらと垂らし、標準の長さのスカートに、いじっていなくても整った眉毛。少しふっくらとはしていたが、彼女は明らかに他者とは一線を画す美少女であった。卒業アルバムから見知らぬ男の子から電話をもらったり、合コンのような場では皆彼女を好きになる。そんな話を聞いても羨ましいでもなく好ましく感じていたあの頃を思い出す。子どもの病気や予防接種の話から彼女が務める市役所で会った同級生の話など月並みの話題がなぜこんなに面白いのだろう。あの頃のわたしは確かにいた。今と地続きで。そう共有できる尊さを以前より実感しているからではないか。中年にさしかかる彼女の明るい髪とだいぶふくよかになった今の姿に昔の面影はない。歳をとるということはどこか奇妙で安心する。


正直、二年に一回は少し寂しい。いや全然寂しい。でもこうして帰れる実家にまだ元気な両親や過去を語り合える友人がいることは当たり前ではないのだろう。またタイムスリップしにきたいな。そのためにうんと働かなちゃ。うんと書く。そんな思いを胸に今ベルギーの大学の図書館でパソコンに向かっている。


