モノカキングダム2025王者 「はい」と言えた日に。あとがき
「なつき希」という名前は、夫が考えてくれました。
これまでいくつも名前を使ってきましたが、
今はこの名前がいちばんしっくりきています。
夫はよく、
「希ちゃんの好きなことをして過ごしてほしい」
と言ってくれます。
その言葉に甘えて、私は静かに書き続けています。
それが、今の私のnoteです。
今回、モノカキングダム2025という場で、
たくさんの方に読んでいただきました。
フォローしてくださった方、
お祝いの言葉をかけてくださった方、
それぞれの形で受け取ってくださった方。
その一つひとつに、心から感謝しています。
今回の結果は、
夫の支えがなければ、
きっと届かなかったと思っています。
テーマが「あい」だと知ったとき、
最初は、直球で「愛」を書こうと思いました。
私は日頃から、夫が大好きだということを
隠しもせず書いているからです。
でも、それは私が書かなくてもいい。
そう感じました。
私にしか書けない「あい」を考えたとき、
思い出したのが、
あの子の「あい」でした。
くったくのない笑顔で、
ケラケラと笑いながら発する「あい」。
「これはいける!」と思ったわけではありません。
ただ、あの子と過ごした時間には、
誰の「愛」にも負けない強さがある。
そのことだけは、確信していました。
今回の作品は、
字数を「1500字程度」に収めることが、
想像以上に難しい作業でした。
とりあえず書いてみたら、
思いの半分も書いていない段階で、
あっさり2000字を超えていました。
最初の感覚は、「無理すぎる」でした。
それでも、収めるしかありません。
私がやったのは、
1500字前後のエッセイを、とにかく読むことでした。
どのくらい削っても読めるのか。
接続詞はどこまで減らせるのか。
「なくていいもの」は何なのか。
私は、エッセイを書くとき、
手書きで下書きをすることはありません。
最初からパソコンに打ち込みます。
ネタ帳のようなメモも、
続かなかったのでやめました。
ですが、今回だけは、
こぼしたくないポイントや、
使いたい言葉だけを、メモしました。
使いたい言葉は、
意味を深く考えて選んだものではありません。
私が好きで、
その情景や手触りに合うと感じた言葉です。
選評で触れていただいた
「じわじわと育っていった」という表現も、そのひとつでした。
私は彼に何かを「教えた」わけではありません。
私は、学ぶための「環境を整えた」だけです。
それは、支援の仕事をするとき、
いつも意識していることでもあります。
整えられた環境の中で、
彼自身が自分の力で身につけいく。
その過程が、私にとっては「じわじわ」でした。
私は、ふだんは
noteヘッダーにある「つまずいた石を拾い上げて書くnote(手紙)」のように誰かに届ける手紙を書くような気持ちで、noteを書いています。
でも、今回の文章は少し違いました。
誰かに渡すための手紙というより、
自分の中に残っていた時間を、
静かに書き留めておくための記録でした。
この文章は、
誰かを励ますために書いたものではありません。
まして、支援の正しさを伝えたかったわけでもありません。
ただ、
確かにそこにあった時間と、
確かにあった声を、
忘れないために書きました。
それが、
誰かの記憶や日常の片隅に、
ふと触れることがあったなら、
それで十分だと思っています。
ここから先は、
本文や無料のあとがきには書かなかった、
彼との具体的な出来事を記しています。
関係性や現場のことを含むため、
すべてを公開するのではなく、
個人的な記録として、有料部分に分けました。
読まなくても、
本文の物語は完結しています。
それでも、
時間の厚みや、その途中にあった場面を
もう少しだけ知りたいと思ってくださった方に向けて、
この先を残しています。
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