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j-hope "What if..." j-hopeがj-hopeに語る 〜日本語選びにこだわる和訳歌詞 no.059

j-hopeに問うよ
「君なら自分が言った部分を守れるか?」

What if...


何十回も自分に問いかける
俺は 本当にそうなのか?
希望、肯定、絶やさぬ笑顔
ただ できる部分だと思った
そうさ 俺の音楽 俺の話 俺の感覚は
俺自らが作りだしたもの
でも 疑問が持ち上がる
j-hopeに問うよ
「君なら自分が言った部分を守れるか?」
多分俺自身の意思ではない、
無数の環境で誕生した俺
堂々と映すよ 君のペルソナを

逃げるな

(これできる?)考えさせてくれ
(それできる?)こんな場合さえ

もしも
もしも 俺に希望がなかったら?
もしも 俺に夢がなかったら?
もしも 俺に情熱がなかったら?
もしも 俺に未来が見えてなかったら?

どうよ兄弟?
最近は生き生きしてるね お洒落して
君にとっての波乱と試練とは何だろう
完全な階段だけを上がってきたから
そりゃ知らないこともあるものだよ
正に君は今 全てを手に入れた
金 名誉 富
君が好きな人々の信頼まで

自分自身を愛し希望を持て、と
あの全てが剥奪され
底に落ちるとしても
言うことができるだろうか 君は?
(そうであってくれ…)

逃げるな

(これできる?)考えさせてくれ
(それできる?)こんな場合さえ

もしも
もしも 俺に希望がなかったら?
もしも 俺に夢がなかったら?
もしも 俺に情熱がなかったら?
もしも 俺に未来が見えてなかったら?

そしてもしも
もしも 俺に金がなかったら?
もしも 俺に家がなかったら?
もしも 俺に車がなかったら?
もしも 俺に全てがなかったら?

俺には それができるのか?


韓国語歌詞はこちら↓
https://music.bugs.co.kr/track/6169189

『What if…』
作曲・作詞:j-hope , Dwayne Abernathy Jr , R. Jones , R. Diggs


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今回は、2022年7月にリリースされたj-hopeのソロアルバム「Jack In The Box」に収録されている "What if..." を意訳・考察していきます。



1.Hip Hop Lover

ダークで緊張感のあるピアノの音で始まるこの楽曲は、既存楽曲をサンプリングして制作されたことが楽曲発表後のインタビュー動画で語られています。↓

動画で名前が挙がっている「Wu Tang Clan」は90年代から活動しているアメリカのヒップホップグループであり、メンバーの R.Diggs(RZA) が共作し、やはりメンバー(故人)である Ol’ Dirty Bastard(R.Jones) が1995年に発表した "Shimmy Shimmy Ya" が "What if..." でサンプリングされた楽曲です。

商用で発表する楽曲において既存楽曲をサンプルとして扱うには難しい許諾の問題をクリアしなければならないため、このサンプリングが叶ったことに関する世間の驚きを綴った記事も出ています。↓

そしてこのサンプリングに関しては、Rolling Stone誌もインタビューの話題に挙げています。↓

j-hopeの「音楽」は、ヒップホップの元に在る。
その心をストレートに「音楽」で表現することにこだわった結果がこの本来簡単には実現し得ないはずのサンプリングであり、そこにはヒップホップ・ミュージックに対する彼の深い尊敬と愛情がたっぷりと込められているのだと思います。


2.EgoとPrsona

"What if..." の歌詞の登場人物は、一人称「나」と二人称「너」のふたり。「나(俺)」は限りなく素のチョン・ホソクに近い彼自身。
そして「너(君)」は外の世界から「j-hope」と呼ばれている彼自身だと考えられます。
「j-hopeがj-hopeに語る曲でもある」と記事冒頭のインタビュー動画で本人も語っています。

防弾少年団の「j-hope」として、その名にし負う「希望」を体現している彼。希望のオーラを纏い、肯定的な意見を持ち、笑顔を絶やさない。そんな彼の姿に私も力をもらっています。

この楽曲は「俺」が「君(j-hope)」に対して敢えて現状を壊す仮定を繰り返し、それでも希望を唱えることができるのか?と「自問」する内容になっています。


■Hoseokとhopeの距離感

事あるごとに彼は「j-hope」という名前が今の自分を作ったと発言していますが、その冷静な自己分析からすると、元来存在する「チョン・ホソク」と後から出来上がった「j-hope」との距離を意図的に取っているのではないかと思われます。

今回のアルバムを貫くテーマが彼自身であるのは、そのふたつの存在の距離感を今後も保っていくための重要なプロセスだと意識しての選択なのかもしれません。
何故ならこの関係性の崩壊はすなわち「j-hope」の崩壊を意味しているからです。

「俺自身の意思ではない無数の環境で生まれた俺」である「j-hope」が、音楽や言葉を紡ぐための感覚をコントロールしている自分とは異なるものであると明らかにする(j-hopeの希望的イメージを払拭したビジュアルやサウンドを押し出す)ことで、そのどちらをも成立させようとしているのではないでしょうか。

敢えて一線を引くことで「君(=俺自身の意思ではない無数の環境で生まれた俺)」の唯一の源である「俺」自身の存在をより影の濃いものとし、結果的に「君」の存在を持続させようとしているのでは、と。

既に成功を手にしつつある「j-hope」の希望・肯定・笑顔を封印してまで「俺」を表現することに至ったのは、ただ単に「これまでとは違った一面をお見せしてARMYの皆さんに喜んでいただく」ためではなく、「俺」を強き者にして「君」のことを守っていくためでもあったのではないかと思います。


■僕の'Ego'が僕の'Proof'

"What if..." には、バンタン楽曲をお愉しみの方にとっては聴き馴染みのある単語が登場しています。

당당히 비춰 너의 persona
(堂々と映すよ 君のペルソナを)

https://music.bugs.co.kr/track/6169189

※Persona(ペルソナ)…ユング心理学において個人が外界と関わる際に作り出す表層的な部分(参考

※「비춰」を「照らすよ」とするか「映すよ」とするか迷ったのですが、歌詞全体が自問自答をするシーンで構成されていることから、鏡の中の自分を見ているというシチュエーションを想起させる「映すよ」を採用しました。

ここで気を付けて読みたいのは「당당히(堂々と)」という部分です。

「俺」が「君=j-hope」のペルソナを映して見る、つまりこれは、自分で自分を客観的に見る、ということに他なりません。
主体的に行動することが人間の基本であると考えると、この行動が「俺」にとっていかに難しく避けたいものであるかがわかります。
ましてや、世間からの高い評価を受けている「j-hope」としての自分と素の自分が向き合うとなれば尚更のこと。

だから「俺」は「堂々と」する必要があるのではないでしょうか。

直後に「Hold up=持ちこたえる、耐える(参考)」とあるのも、同じ理由かと思われます。自分に対して「耐えろ」とするのを、私はより強く「逃げるな」と意訳しました。

また、意思を持って「j-hope」のペルソナと対峙している「俺」は、ユング心理学における「意識の中にある自分=Ego」であると考えられます。

参考:「自己(Self)」自己(Self)と自我(Ego)の違いの項

ここで思い出していただきたいのは、アンソロジーアルバム「PROOF」リリース直前のホビのこの言葉。

지금 있는 그대로의 제 모습, 제 'Ego'가 제의 'Proof' 인것 같습니다.
今いるありのままの僕の姿、僕の'Ego'が僕の'Proof'なのだと思います。
― Proof of Inspiration - 제이홉 (j-hope) より 2022.5.23

https://twitter.com/BIGHIT_MUSIC/status/1528390225017286656

そして「PROOF」Disc2のためにホビが選んだ楽曲は以下の二曲です。

この時、彼がなぜこの二曲を選んだのかを知りたくて歌詞を読みこんだのですが、"What if..." の歌詞に出会ってようやくその理由の全貌が、なぜEgoを「僕の証」だと表現したのかがわかりました。

「君=j-hope」が存在するためには「俺=ありのままの自分自身=Ego」の〈強さ〉が必要なのだ。そう気が付いたからこそのこの選曲であり、彼のEgoが圧倒的な表現力と説得力を十分に備え満を持して世に放ったアルバム「Jack In The Box」へと繋がる伏線でもあったのです。


3.もし、全てを失っても

タイトルである "What if..." は「仮に~だったらどうするか」を訪ねる際に使う表現です。(参考

歌詞の中で彼は、手に入れた様々なものが失われても、変わらず希望を説くことができるのか?と「j-hope」に問いかけます。

나 자신을 사랑하고 희망을 가지라는 거
(自分自身を愛して希望を持てということ)
저 모든 게 박탈이 되고 밑바닥이어도
(あの全てがはく奪になってどん底でも)
말할 수 있을까 넌?
(言えるだろうか、君は?)

※引用文に付けた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/6169189

非常にストイックというか、そこまでして自分を追い込まなくても、と思ってしまう程、彼は「j-hope」としての自分に対してその意志の強さを試すように問いを繰り返します。
夢も名誉も金も周りの信頼をも失ってでも、hopeという名に恥じずに希望を説き続けることができるのか?と。

そしてそれらの問いは英語の一人称「I」で問われているため、ありのままの自分である「俺」に対しても向けられていると受け取ることもできます。
「j-hope」が手に入れた名誉や金、信頼がなくなっても、ありのままのチョン・ホソクとして希望を説くことができるのか?と。

彼らほどの輝かしい人生を彼らほど早くに手に入れたなら、そこからの景色をわがままに楽しむくらいの傲慢さがあってもいいのかなと思ってしまいますが、決してそうではないのが防弾少年団が防弾少年団たる所以ゆえん

現状に溺れることなく地に足つけて走り続けてゆくために、「ありのままの自分」を鍛え磨き強くする…それが彼らが自ら迎えることを選んだチャプター2で実現を目指していることなのではないか、と、あらためて思ったのでした。



最後までお付き合い下さり、ありがとうございました。
🤡