挑戦は苦手。だけど、わたしの声は聞きたい
自分に聞いてみた。
行く?
どうする?
全然行きたくなかった。
誰と約束したわけじゃない。
だから、どちらに決めてもよかった。
朝4:30。
思考は進まない。
だけど、わたしはぼんやりしながらも、準備していた。
外へ出かけようと服を着替え、靴下をはき、髪を結んだ。
昨日、感じた
「行ってみよっかなぁ」
を頼りに。
寝苦しい夜だった。
じっとり汗をかき、職場の人が夢に出てきた。
早起きするために、早めに寝れたわけでもない。
なにしろ、全然行きたくないのだ。
でも、不思議。
グズグズしている自分は確かにいる。
だけど、他の何かが用意をしてくれているような、そんな変な感覚だった。
心と体が別々だった。
わたしは、気持ちじゃなく、
体に身を預けることにした。
外に出ても、まどろみながらの散歩。
ぼぅっとする。
可愛げに言えばふわふわしている。
特段、歩いてよかったわぁ
とか感動もない。
よく知っている道だ。
蛍光黄緑Tシャツのおじいさんが、走りながら
「おはようございますっ」と言ってくれたときは、
少し気持ちがシャンとした。
それ以外は特にがんばって腕をふるわけでもないし、笑顔が大事よなとかも思えない。
だるいなぁ。
心からそう思った。
無理せずベンチに腰掛けて、ぼうっとしてまた歩き出す。
チャレンジとか、そんな類のものじゃなかった。
わたしは、目標に向かって進んでいきます。
みたいなのがことさら苦手だ。
今まで楽しかったのに、言った瞬間に急に義務になってしまう気がする。
「やりたいな!」と思っていたのに、
「やんなきゃ」に変わってしまうから。
このミッションを遂行せねば!!
と、途端に責任感ある隊員が顔を出す。
それは、きっと悪いことじゃない。
前を向く気持ちには変わりないから。
ただ、本来の「やりたい」て気持ちじゃないだけ。
もしかすると、わたしは、
「挑戦」とか「チャレンジ」と聞いて、
誰かの目を気にし過ぎていたのかもしれない。
だから、億劫になっていた。
だけど、自分の声を無視するのは嫌だった。
朝4:30の散歩は、「チャレンジ」じゃなかった。
誰かとの約束だったからじゃなく、
昨日、「行ってみようかな」
そう感じた、自分の声を、
今日のわたしは無視しなかった。
だから、がんばったわけじゃない。
やったった!!感もない。
ただ、わたしは、「あぁ、歩けたな」と安心した。
チャレンジって、なんだかわたしには重大任務に感じていた。
けれど、「自分の声をなかったことにしない」のは、ちょっとできそうな気がする。

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みゆさんのnoteを読んで、突然、「明日歩いてみようかな」と思い立ちました。
みゆさんから、いつも素敵なインスピレーションをいただいています。
ありがとうございます🤗
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かぜの帽子さんのメンバーシップ「言葉の庭」の、7月のお題は、「この夏、挑戦したいこと」でした。
挑戦が苦手で、なかなか書けずにいました。
でも、お散歩について書いているうちに、
「挑戦」という言葉の捉え方が少し変わった気がします。
書けてよかった笑
じっくり向き合えたお題をいただき、ありがとうございます💕

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