見えないナニカを隣に。
*この記事の文字数:約1000文字*
「なんで、そんなこと言ってくるんだろう」
「なぜ、その行動をとった?」
少し前のわたしは、相手の行動にイチイチ反応して、気分を害していた。
相手に怒っていたようで、実は自分を否定していたのかもしれない。
だけど、わたしはあることを知ってから、少しずつ、少しずつ捉え方が変わってきたように、自分では思っている。
自分で「変わらなきゃ」と思ったわけじゃない。
「そりゃそうだわ」と納得した。
だから、自然と変わった。

宇宙を構成しているもののうち、
わたしたちが知っている物質は、たったの約5%。
残りの95%は、まだ正体がよく分かっていないのだそう。
見えていないもののほうが、圧倒的に多い。
今、見えていることは、ほんの一部。
その事実を知ってから、わたしの日常の見え方が少しずつ変わっていった。
いつもの通勤経路でさえ、
「こんなところに、こんなものがあったんだ」と気づくこともある。
見えているはずなのに、見えていないものがある。
見たいものしか見えないこともある。
同じものを見ていたつもりが、
ライトの当て方で、良く見えたり、悪く見えたりすることがある。
人の意識も、ほとんどが自覚できていないと聞く。
自覚しているのは、ほんの一部。
残りは深いところに、もぐっている。
人の発言や行動を見て、
「なんで?」と思うことはたくさんある。
でも、もしかすると、表面的に見えていない何かがあるのかもしれない。
隠れている何かを想像することは素晴らしい。
でも、もっと簡単に。
わたしには見えていない何かがあるのかも。
そんな考えを、隣に置くだけでいい。
「見えていない何かがある」
それが側にあるだけで、
発せられた言葉は、
鋭い銀のナイフから、ダンボール製に変わることがある。
自分を傷つけてくる相手にも、弱さがあると受け入れられる。
無駄に自分が傷つくこともない。
相手を不要に傷つけることもない。
自分と同じように、相手にも未熟なところがある、ただそれだけ。
見えていることも見えてないことも、
まるっと受け入れる。
それを包容力とよぶのではなかろうか。

我が家の次男には、少し発達遅れがある。
分かった当初は、受け入れがたかった。
でも、そのおかげで、自分が知らない、
今まで知ろうともしなかった世界を、
たくさん学ばせてもらった。
そして、知らないことで、人を傷つけることがあると知った。
だから、世界を知ることは大事。
でも、それと同じように、
「わたしは見えていない」
そう理解しておくことも、人生のテーマにしたい。
まだまだ練習が必要だ。
道半ばなもんで。
2026.3.23 追記
読んでくださり、ありがとうございます♡


いいなと思ったら応援しよう!
いただいたチップは、創作活動に使わせていただいております。
その活動をまたnoteにも還元しています。
いつも温かい応援をありがとうございます🤗