「貯蓄から投資へ」の先に、巨大な賭場を作ってはいけない【n+マーケット】

日本は今、国を挙げて「貯蓄から投資へ」を進めています。
NISAを拡充し、若い世代にも資産形成を促し、銀行預金だけではなく、企業の成長に参加してもらおうとしている。
私は、この方向そのものは間違っていないと思います。
問題は、その受け皿となる株式市場が、本当に「投資する場所」であり続けているのかということです。
最近の市場を見ていると、私は強い危機感を覚えます。
■ 業績より「コンセンサス」が株価を決めてしまう
企業が増収増益を達成した。
過去最高益を更新した。
受注も増えている。
将来に向けた設備投資も進んでいる。
それでも、
「市場コンセンサスに届かなかった」
というだけで、決算直後に株価が10%、15%と売られることがあります。
もちろん株価は将来期待を織り込むものです。
コンセンサスを見ること自体が悪いわけではありません。
しかし、いつの間にかコンセンサスが「参考値」ではなく、
企業に対する合格点
のようになってはいないでしょうか。
会社が100の利益を出した。
前年は70だった。
十分成長している。
しかし市場予想が105だった。
すると、
「未達」
という一言で売られる。
その瞬間、アルゴリズムが反応する。
株価が下がる。
下落率に反応した別のプログラムが売る。
逆指値が発動する。
信用取引の保証金率が悪化する。
耐えられなくなった個人投資家が売る。
そしてさらに下がる。
最初はわずかな期待との差だったものが、市場の仕組みによって何倍もの値動きに増幅される。
これを本当に「企業価値の評価」と呼べるのでしょうか。
■ 株価が下がったから、さらに売られる市場
ここが現在の市場で最も怖いところだと思います。
本来なら、
企業価値が下がった
↓
株価が下がる
です。
しかし現在は、
株価が下がった
↓
機械が売る
↓
さらに株価が下がる
↓
信用の投げ売りが出る
↓
さらに下がる
という現象が起こります。
つまり、
「悪くなったから下がる」のではなく、
「下がったからさらに下がる」
市場になってしまう。
これは投資ではなく、かなり投機に近い世界です。
■ キオクシアのような激しい値動きは象徴的
最近の一部の人気銘柄を見ると、数週間、数カ月で株価が大きく上昇し、その後一気に半値近くまで下がるような動きも珍しくありません。
もちろん成長期待が大きければ、株価が大きく動くこと自体はあります。
しかし、それに信用取引、空売り、アルゴ、短期資金、さらには単一銘柄レバレッジETFまで加わればどうなるでしょう。
企業の価値を買うというより、
「この株が明日何%動くか」に賭ける金融商品
になっていく。
私はここに危険を感じます。
2倍。
3倍。
インバース。
オプション。
信用。
先物。
どれも金融商品として必要な役割はあります。
しかし、何重にもレバレッジを重ねていけば、
最後には企業ではなく、
値動きそのものが商品
になってしまいます。
■ 「AI」と言っただけで株価が上がる会社
プライム市場以外を見ると、別の問題もあります。
AI。
量子。
宇宙。
暗号資産。
データセンター。
防衛。
こうした人気テーマに関するIRを発表しただけで、小型株に大量の資金が流れ込むケースがあります。
まだ売上がほとんどない。
利益も出ていない。
本業とのシナジーもよく分からない。
それでも、
「AI事業参入」
という言葉だけで株価が急騰する。
私はいつも思います。
その会社はAIを使って事業を成長させようとしているのか。
それとも「AI」という言葉を使って株価を動かそうとしているのか。
投資家はそこを見抜かなければなりません。
しかし、SNSと短期資金と信用取引が一斉に集まれば、企業価値とは関係なく株価が何倍にもなることがあります。
そして最後に誰かが高値をつかむ。
これも投資というより、かなり仕手的な世界です。
■ オルツ問題が残したもの
AI企業として期待され、上場した企業で重大な会計問題が発覚した事例もありました。
ここで考えなければならないのは、
「投資した人の自己責任」
だけで終わらせてよいのかということです。
上場企業には、
監査法人がいる。
主幹事証券会社がいる。
上場審査がある。
取引所がある。
普通の個人投資家は、それらを通過しているからこそ、
「一定のチェックを受けた会社なのだ」
と考えます。
それでも重大な不正が見抜けず、最後に損失を被るのが株主なら、
国が初心者まで市場へ呼び込む以上、市場の入口を守る責任も今まで以上に重くなるはずです。
■ 為替まで巨大なマネーゲームになっている
そしてこれは株式市場だけの話ではありません。
為替も同じです。
本来、為替には貿易、物価、金利、経済成長など実体経済が反映されます。
しかし現在は、
金利差。
キャリートレード。
先物。
オプション。
巨大ファンド。
アルゴ。
中央銀行への思惑。
こうした金融取引によって、わずかな材料で数円動くことがあります。
日本経済の価値が一晩で数%変化したわけでもない。
アメリカ経済の価値が数時間で変わったわけでもない。
それでも為替は大きく動く。
これは、
経済が価格を動かす市場から、ポジションが価格を動かす市場へ
変化しているということでもあります。
そして恐ろしいのは、一度レバレッジの巻き戻しが始まると、
為替
↓
株式
↓
債券
↓
信用取引
↓
ETF
↓
さらに為替
と市場同士が連鎖することです。
■ 今の市場には「増幅装置」が多すぎる
現在の金融市場には、
アルゴリズム取引。
HFT。
信用取引。
先物。
オプション。
レバレッジETF。
単一銘柄ETF。
SNS。
テーマ株。
コンセンサス取引。
さまざまな仕組みがあります。
一つ一つには存在理由があります。
しかし問題は、
それらが一斉に同じ方向へ動いた時です。
小さな火種が、
アルゴ
↓
信用
↓
ETF
↓
先物
↓
SNS
を通じて巨大な炎になる。
金融市場には今、こうした「増幅装置」が多すぎるように感じます。
■ 「投資は自己責任」で終わらせていいのか
よく、
「投資は自己責任」
と言われます。
もちろんその通りです。
株価が下がったから国が補償する。
そんな市場にしてはいけません。
しかし私は、
自己責任と、市場運営者の責任は別だと思います。
車を運転するのは自己責任です。
しかし、信号機が壊れていても、
「事故を起こした人の自己責任」
とは言いません。
投資家には、自分の資金を管理する責任があります。
同時に、
東証には公正な価格形成を守る責任があり、
証券会社には適切な商品を提供する責任があり、
金融庁には市場全体を監督する責任があります。
だから、
「投資は自己責任だから市場構造は何でもいい」
とはならないはずです。
■ 一番苦しくなるのは資金の少ない個人
巨大なファンドなら、
下がっても待てます。
ヘッジできます。
先物も使えます。
オプションも使えます。
アルゴもあります。
ところが資金量の少ない個人投資家は違います。
信用取引をしていれば保証金率があります。
株価が下がり続ければ、
「将来は上がると思う」
と考えていても、待てなくなることがあります。
そして、
最も安いところで売らされる。
その翌日に反発する。
これを何度も経験した個人投資家が、
「もう株なんてやらない」
と思っても不思議ではありません。
その時、一番困るのは誰でしょう。
国が進めている、
「貯蓄から投資へ」
という政策そのものではないでしょうか。
■ NISAを増やすだけでは資産運用立国にならない
NISAの枠を増やす。
口座数を増やす。
投資教育を行う。
もちろん必要です。
しかし、本当に重要なのはその先です。
10年、20年、安心して資金を置ける市場をつくること。
企業を調べる人が報われる。
決算書を読むことが意味を持つ。
良い企業を長く持った人が報われる。
これがなければ、
国民を市場へ連れてくることには成功しても、
市場に残ってもらうことには失敗します。
■ 東証と金融庁に求めたいこと
私は株価を支える政策を求めているわけではありません。
下がるべき株は下がればいい。
赤字企業も、過大評価された企業も、当然評価され直されるべきです。
必要なのは、
「値下がりを止めること」ではなく、
「不自然な増幅を防ぐこと」
です。
例えば、
決算直後の急落について、HFTやアルゴの売買比率を検証する。
コンセンサスについて、平均値だけでなく予想社数や最高・最低予想まで透明化する。
単一銘柄レバレッジ商品の原資産への影響を検証する。
信用取引が異常に膨らんだ銘柄への規制を早める。
小型株のテーマIRと異常売買を厳しく監視する。
IPOの監査・主幹事・審査体制を再検証する。
SNSを利用した組織的な相場操縦をさらに監視する。
そして何より、
市場が急変した時、「なぜここまで動いたのか」を取引所自身が分析し、投資家に説明する。
私はそれくらいの透明性が必要な時代に入ったと思います。
■ 市場が弾ける前に、「信頼」が弾ける
そして私が一番心配しているのは、
株価バブルが崩壊することでも、
為替が暴落することでもありません。
もっと前に、
国民の金融市場への信頼が壊れてしまうことです。
「企業を調べても意味がない」
「決算が良くても売られる」
「AIと言えば上がる」
「機械が全部決めている」
「結局、株も為替もギャンブルだ」
普通の人がそう思い始めたら、
市場は終わります。
NISAの枠をいくら広げても、
誰も安心して長期資金を置かなくなる。
だから私は、
市場のバブルより先に、市場への信頼を守らなければならない
と思います。
■ N+の視点
株式市場とは、本来、
企業の未来と、国民の資産をつなぐ場所
だったはずです。
ところが今、
企業の利益よりコンセンサス。
企業の成長より短期材料。
企業価値よりアルゴ。
長期投資よりレバレッジ。
そして実体経済より金融ポジション。
そんな方向へ市場が傾き始めているように感じます。
投機を完全になくす必要はありません。
投機家も市場に流動性を与える大切な参加者です。
しかし、
投資する人より、値動きに賭ける人の方が市場を支配するようになったら、それはもう資本市場とは呼べない。
国が本当に「貯蓄から投資へ」を進めるのであれば、
投資家を市場へ呼び込むだけでは足りません。
投資家が市場に残り続けられる環境まで作る責任がある。
そして最後に、私はこう思います。
「投資は自己責任」と言うのであれば、
市場を運営する側にも、
“投資と呼べる市場”を維持する責任がある。
企業を調べることが報われる市場。
長く持つことが報われる市場。
資金の少ない個人でも参加できる市場。
日本が本当に資産運用立国を目指すのであれば、
巨大な賭場を作るのではなく、
世界から信頼される投資市場を作ってほしい。
市場が弾けてからでは遅い。
その前に守るべきなのは、
株価ではなく、市場への信頼なのだと思います。
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