【映画】「四月の余白」を中心に、「バットを他人に向けて振り下ろす」若者を考える🤔
少し前にはなりますが、観て来ました!更正保護系話題作(私の中で)
「四月の余白」
いやいや、とても良かったです。
特に最近多発する少年犯罪の裏側というか、内側的なものを垣間見させてくれました。

(後ろから爽やかに迫る少年に注目)
また後ろからや、抵抗する力も失った者にさえ、ためらいもなくバットを振り下ろせる。そんな最近の若者の姿や発言(考え方)は、かなり衝撃的でした。

仲間や友人でも悪気なく暴力が振るえて、
しかも加減がわからない…
作品中、バットを振り下ろすという暴力性だけでなく、今だけ、自分だけな思考しか持てず、未熟なまま少年達を大人にさせてしまうのは誰なのか?
さも全てを知り、理解者顔した人間(支援者らしき人たち又は、大人らしき人たち)こそが、実は少年達に寄り添うこともなく、本人から恨まれることも、暴力・暴言も降り注がれぬ安全な場所から、真剣に現場で向きあっている人間(本作の施設職員や女性担任)へ、「人権的にどうか?」という非難や、なんちゃってなアドバイスだけはしてしまう構造は、やっぱりアルアルなんだなって感じです。
また劇中、そんな場面がいくつも見られ、本当にこんな少年達に必要な人間は誰なのか?どんな人間なのか?を真剣に考えさせられます。

また昔、私がほんの僅かですが、精神科病院の相談員をしていた時に、一緒に救急病棟に配置されていた相談室の先輩が、この映画の夏帆さん(女性担任)に凄く似ておられまして…
もちろん、その仕事への情熱も本作の女子担任に負けておられませんでした。先輩が受け持つ難しい患者さんの事例解決を、夜遅くまで悩み考える先輩の姿が、本作の夏帆さんの横顔と被り、「あぁ、彼女もこんな感じだったな…」と今でも忘れられません。
話が逸れましたが、そんな悩みながらも現場で必死に戦う担任の夏帆さんの迫真の演技も、絶対に本作の見所です!
で、「バットで人を襲う」ということであれば、最近ではこちらが記憶に新しい映画です👇️
「名無し」

実は本質的な問題は右手ではない…
以前、映画感想で記事にもしましたが、バットを人間に向けて振り下ろせるという神経は本来あり得ないものであり、「殺すつもり」が「あった」とか「なかった」とか議論する余地があることがおかしいと思うのですが、例えば、子ども時代が不憫であれば、もしくはまだ少年で不憫な境遇であれば、さらに議論する余地が出るのが日本という国みたいです。バットを振り下ろされた方が不憫でなりません。
私ならまだ「加害者は、(若過ぎてか?何らかの損傷で)前頭葉が発達しきれていなくて、自己の暴力性をコントロール出来なかった様です」と説明された方がマシ(良いのでなく)ですね。
しかし、話がまた逸れますが、佐藤二朗さんも巻き込んだのか?巻き込まれたのか?距離を取るべき人間を見誤ったのか?最近色々セクハラ問題で大変なようですが、もともと役者という仕事に才能も熱量もある方です。きっと長期休養の後に前以上にお元気にスクリーンに復帰していただけると思います。
私含め、世のおじさん達は、僅かな過失をも標的にされる昨今。ルックスを見てもわかるように(ゴメンね)、脇役から主役へと努力一本で這い上がった彼が、何故、他人のトラウマ(不憫)で全てを失う必要があるのか?それ程のことをしたとはちょっと思えませんが?
本当に怖い時代です💦
さて、「怖い時代」と言えば、70年代のニューヨーク(特に地下鉄)もかなり怖かったようで、往年の名作中の名作映画では、こちらが有名です👇️

ウォリアーズはチーム名
動画を観ていただくとわかるかもしれませんが、あくまでも私の印象では、最近の映画作品では、バットを振り下ろす(56しに行く)という感じで他者に使われるのに対して、昔はバットを振り回す(威嚇か怪我させる)という感じだった様に見えるのですが、同じでしょうか?
もちろん、日本にもニューヨーク(米国)に遅れて、不良ブームみたいなものが、80年代に訪れましたが、それでもバットを本当に他者に振り下ろしていたとは思えません💦
バットはどこか自分を誇張するような、威嚇の為の道具であった気がします。或いは、この時代の不良少年達のバットの使われ方が、「8る気があったか、なかったか?」みたいな議論の余地を生み出しているのでしょうか?
(もちろん、本来は野球で使います)

ビーバップハイスクールは、
特に注目を集めた
上記画像の往年の映画「ビーバップハイスクール」も、最近上映の「四月の余白」も、同じ年齢層の中・高校生で不良という設定なのですが、どこか「四月の余白」の学生達の方が、ゆとりがないと言うか、救いようがないと言うか、半端ない追い込まれ感があるのは確かです。本当に今の若い人達は、時代の犠牲者かも知れないな…って思います。
でも、不憫なのと、やってはいけないことをやっても許されるのとは、混同してはイケナイので、そこをどうしていくのか?誰がどう説明して行くのか?
「四月の余白」の最後の方、アップで映される、道路の割れ目から雑草の新芽が出ているシーン。あそこは私、「グッ」と来ました。きっとあのあたりにこの問題の解決方法が、然り気無く提案されているのではないでしょうか?
「四月の余白」、絶対良い映画です。皆さまも、ぜひ一度ご鑑賞ください。
終わり
