「8050問題」はもう終わらない —ひきこもりの高齢化が示す、支援の死角—
2026年4月4日、KHJ全国ひきこもり家族会連合会が発表したデータが、静かに、しかし確実に社会へ波紋を広げています。
ひきこもり当事者の平均年齢は36.9歳。2014年の調査開始時には33.1歳だったものが、12年間で3.8歳上昇しました。
さらに、40歳以上が全体の43.1%、50歳以上も12.7%。中には、60代の子どもを90代の親が支えているケースまで報告されています。
看護師として16年、そして精神科の現場にも立ってきた私がこのニュースを見て最初に感じたのは、驚きではありませんでした。
正直に言えば——
「やっぱり」
その一言でした。
現場で見てきた現実が、そのまま数字として可視化されたように感じたのです。
「若者の問題」という思い込みが、支援の穴をつくってきた

「ひきこもり対策は、若者に対する支援という考え方が色濃い」
これは今回の調査で、連合会共同代表が指摘した言葉です。
政策も、社会の目も、
「ひきこもり=10代〜20代の若者」
というイメージで作られてきました。
けれど現場では、その枠に収まらない当事者が、ずっとそこにいました。
公認心理師として学んだことのひとつに、
「問題が表に出るまでには長い時間がかかる」
という視点があります。
ひきこもりは、多くの場合、突然始まるわけではありません。
▶️学校でのつまずき
▶️就職の失敗
▶️職場でのハラスメント
▶️うつ状態
▶️人間関係の破綻
そして、発達特性や境界知能など、見えにくい背景
そうしたものが少しずつ積み重なり、
「家から出られない」
という状態に至る。
そして、そのまま10年、20年と時間だけが過ぎていくのです。
その間、家族は何をしていたのか。
多くのケースで、
「待っていた」
のだと思います。
精神科の現場で感じてきたこと

精神科に携わっていた頃、家族から相談を受けることがありました。
「子どもが部屋から出てこない」
「ご飯だけは食べている」
「もう何年もこのままで……」
そうした話を聞くたびに、私は複雑な気持ちになっていました。
家族は確かに、支援を求めています。
でも同時に、
現状を根本から変えることへの抵抗感
も抱えているのです。
「ご飯を部屋の前に置いてあげている」
「お金は渡している」
「刺激しないようにしている」
それは“愛情”です。
責められるものではありません。
けれど、公認心理師として見ると、それが結果的に
“ひきこもり状態を維持する構造”
になっていることがあります。
親が子どもの苦しみを肩代わりし続けることで、本人が外の世界と向き合う機会を失っていく。
心理学では、これを“共依存”と呼ぶことがあります。
親も苦しい。
子どもも苦しい。
それでも、その関係性から抜け出せない。
年月だけが過ぎていく。
これは誰かを責める話ではなく、
長い時間の中で関係性が固定化してしまった
という現実です。
「気づけていたかもしれない」背景

もうひとつ、現場でずっと引っかかってきたことがあります。
「人と馴染めない」
「学校や仕事がうまく続かない」
そうした事実には、家族も早い段階から気づいていることが多い。
でも、
その背景に何があるのか
までは見えていないことが少なくありません。
「少し勉強が苦手なだけ」
「人と話すのが得意じゃない」
「マイペースな子なんです」
親としては、ごく自然な受け止め方です。
けれど専門職として見ると、
“もしかして”
と思う場面がありました。
発達障害
あるいは
境界知能(境界域知能)
が背景にある可能性です。
問題なのは、その“もしかして”が、昔はほとんど言語化されなかったこと。
発達障害という概念が社会に広がったのは比較的最近です。
境界知能に至っては、今でも
支援の狭間に落ちやすい
存在です。
つまり今、40〜60代でひきこもっている人の中には、
▶️学校でも
▶️就職でも
▶️社会でも
ずっと
「なんとなくうまくいかない人」
として見過ごされてきた人がいる。
診断もなく
支援もなく
ただ「変わった人」として扱われながら
社会との接点を失っていった人たちがいるのです。
「うちに限って、そんなことはない」

では、それを今から伝えられるのか。
これが、とても難しい。
親が高齢になり、体力も経済力も限界が来て、ようやく支援機関につながる。
その中で専門職として
「もしかしたら発達の特性があるかもしれません」
と伝える。
すると返ってくるのは、しばしばこうした言葉です。
「うちに限って、そんなことはない」
「この子を障害者扱いするのか!」
これは怒りでも、無知でもない。
私はそう思っています。
数十年かけて作ってきた
“うちの子の物語”
を突然否定されるような感覚。
「あの時、気づいてあげられなかった」
という罪悪感。
今さら崩したくないという、防衛反応。
その重さが、
「うちに限って」
という言葉の裏にあるのです。
本人も同じです。
60年近く生きてきて、
「あなたには障害があったかもしれない」
と言われた時、
それは単なる診断ではなく、
人生そのものの意味が揺らぐ
ような感覚かもしれません。
現場では、そこで立ち止まることが本当に多いのです。
家族が「支援者」になってしまう構造

看護師の視点から見ると、8050問題は
「在宅介護の先取り」
とも言えます。
高齢の親が、経済的にも精神的にも、子どもの生活を一手に引き受けている。
✅その親自身が病気になった時
✅介護が必要になった時
✅入院した時
何が起きるのか。
精神科の外来では、
「親が入院して、初めて子どもの存在が明るみに出た」
というケースが珍しくありませんでした。
誰にも知られないように生活してきた当事者が、
親という“生命線”を失って初めて、社会と接触せざるを得なくなる。
親亡き後、
誰もいない家に一人残される。
これは仮定ではありません。
すでに起きている現実です。
「8050」から「9060」へ

問題は更新され続けている
「8050問題」
という言葉そのものが、すでに現実を表しきれていないことを示しています。
今はもう、
【9060問題】
です。
問題は止まっていない。
数字だけが更新されていく。
でも、支援の仕組みは追いついていない。
ひきこもり支援の多くは、
就労支援・社会復帰
をゴールに設計されています。
もちろん、それは大切です。
でも、40代・50代・60代の当事者に
「まず働きましょう」
という支援が、本当に最適なのか。
そこは別の話です。
長年のひきこもり状態には、
▶️自己効力感の低下
▶️対人不安の慢性化
▶️社会的スキルの萎縮
が積み重なっています。
さらに背景に、発達特性や境界知能があるなら、
就労の前に必要な支援は、もっとたくさんあるはずです。
私たちに何ができるのか

この問題に対して、専門職として感じることを率直に書きます。
① 「若者向け」という支援設計を見直す
年齢に関係なく使える窓口。
40代・50代・60代でも
「ここに来ていい」
と思える場所が必要です。
② 共依存関係への早期介入
本人だけではなく、
家族全体
を支援する視点が必要です。
親への支援と、当事者への支援を同時に行える体制を。
③ 「見過ごされてきた特性」へのアプローチ
発達障害や境界知能の視点を、支援に組み込むこと。
診断をつけることではなく、
“その人が何に困ってきたのか"
を丁寧に理解することが大切です。
④ アウトリーチの強化
自ら支援機関へ来られない人に対して、
こちらから関わりに行く支援が必要です。
待つだけでは届きません。
⑤ 親亡き後を想定した支援計画
✅後見制度
✅住まい
✅生活費
✅地域とのつながり
現実的な問題を、
心理・看護・福祉が横断して一緒に考える場が必要です。
おわりに

「ひきこもりは甘え」
そんな言葉を、今でも耳にすることがあります。
でも、現場で当事者や家族と向き合ってきた人間として、私ははっきり言えます。
“ひきこもりは、その人だけの問題ではありません。”
社会との接点を失わせてきた、さまざまな要因の積み重ねです。
そして、
それを何十年も一人で抱えてきた家族の問題でもあります。
「うちに限って、そんなことはない」
その言葉を、私は責めることができません。
その重さを、現場で受け取ってきたからです。
今回の調査結果は、私たちに問いかけています。
「あなたたちは、ずっと気づかないふりをするつもりですか?」
看護師として。
公認心理師として。
私は、この問題から目を背けずにいたいと思います。
【参考】
KHJ全国ひきこもり家族会連合会「実態調査」(2026年4月28日発表)
朝日新聞(Yahoo!ニュース配信、2026年4月29日)
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