【衝撃考察】Number_i「サイケSHOCK」は3XLのIFだった⁉️岸優太が描いた“病原体と免疫細胞の恋”が切なすぎる✨❗「お前を殺して俺も死んだ」に込めた、破壊と輪廻転生のメッセージ✨❗
みなさん、こんにちは。なっき〜です。
今回は、Number_iの3rdシングル『3XL』に収録されている、岸優太くんプロデュース楽曲、
『サイケSHOCK』
について、じっくり深掘り考察していきたいと思います。
正直、初めてこの曲を聴いた時、かなり衝撃を受けた方も多かったのではないでしょうか。
岸くんプロデュース曲ということで、もちろん楽しみにしていたんですが、いざ聴いてみると、想像以上に激しくて、毒があって、狂気があって、でもどこか切なくて。
そして何より、簡単にジャンル分けできないんですよね。
これはロックなのか。
HIPHOPなのか。
バラードなのか。
ラブソングなのか。
それとも、失恋ソングなのか。
きれいに分類しようとすると、どうしてもこぼれ落ちるものがある。
むしろ私は、この曲は、
ジャンルが崩れていくことそのものが“サイケ”
なのではないかと思っています。
「サイケ」とは、サイケデリックの略で、現実感が揺らぎ、感覚が歪んでいくような世界観のイメージになると思います。
ロックのようなギターの衝撃。
HIPHOP的な言葉の跳ね方。
英語詞のメロウな入り。
シャウトのような感情の爆発。
そして最後には、輪廻転生という言葉が何度も繰り返される。
聴いているこちらの感覚が、どんどん揺らいでいく。
現実なのか、夢なのか、記憶なのか、幻覚なのか分からなくなっていく。
だからこそ、この曲は『サイケSHOCK』なんだと思います。
1. 『サイケSHOCK』は「3XL」の世界観の中で生まれた曲
まず大前提として、今回の『3XL』EPは、表題曲だけでなく、カップリング曲も含めて、
“LOVE”というテーマの中で作られている
ということが、メンバーのインタビューでも語られていました。
つまり『サイケSHOCK』も、単独で切り離して聴くこともできますが、やはり『3XL』の世界観の中にある一曲として読むことで、見えてくるものがかなり変わってくると思います。
『3XL』は、表題曲としてはNumber_i初のラブソング。
でも、そのMVや世界観を深く見ていくと、ただ甘いだけのラブソングではなく、病原体と免疫細胞のような、相反する存在同士の接触、反応、衝突、そして危険な引力のようなテーマが浮かび上がってきます。
本来なら、病原体は身体に侵入するもの。
免疫細胞は、それを排除するもの。
片方は侵食しようとする存在。
もう片方は守ろうとする存在。
つまり、出会った瞬間から、両者は敵同士なんです。
でも、もしその戦いの中に、恋のような感情が生まれてしまったらどうでしょうか。
本来なら、絶対に結ばれてはいけない。
でも、触れた瞬間に、互いの存在が強烈に刻まれてしまう。
そう考えると、『サイケSHOCK』は、まさに『3XL』の世界観の中にある、
病原体と免疫細胞の恋のIFストーリー、
あるいは、
もし病原体が、排除されるはずの免疫細胞に恋をしてしまったら?
というアナザーストーリーのようにも読めるんです。
ここで重要なのは、『サイケSHOCK』は単なる“感染後の後遺症”というより、
接触したその瞬間に、互いを壊し合ってしまう物語
として見えることです。
病原体は、相手を侵食しようとする。
免疫細胞は、相手を排除しようとする。
でも、その攻撃と防御の中で、なぜか互いに惹かれてしまう。
そして、惹かれ合えば惹かれ合うほど、どちらか一方だけが傷つくのではなく、両方が壊れていく。
『3XL』が、病原体と免疫細胞の“出会い”や“接触”を描いているとしたら、
『サイケSHOCK』は、その接触が恋に変わり、さらにその恋が破壊衝動へと変わってしまった、もうひとつの物語。
その絶望の先で、最後に何度も繰り返されるのが、
輪廻転生
という言葉なんだと思います。
2. これは“毒のような愛”を葬る曲
『サイケSHOCK』の歌詞を見ていくと、最初からかなり痛みのある言葉が並んでいます。
愛を失った。
心を差し出した。
自分のルールを失った。
空っぽのグラスを見て、過去の日々をなぞる。
ここで描かれているのは、単なる失恋ではありません。
もっと深いところで、
愛したことによって、自分自身のバランスを崩してしまった人
の物語だと思います。
そして曲が進むにつれて、その愛はどんどん毒性を帯びていきます。
トラウマ。
ぐちゃぐちゃ。
事故った愛。
有害な愛。
toxic。
R.I.P。
言葉だけを並べると、かなり激しいですよね。
でも、この曲が面白いのは、相手をただ悪者にして終わる曲ではないところです。
「だまし騙され」というニュアンスもあるように、この関係は一方的な被害者と加害者の物語ではなく、もっと複雑です。
愛した。
傷ついた。
でも、自分もその関係の中にいた。
甘さもあった。
幸せだった瞬間もあった。
だからこそ、完全には憎めない。
この曖昧さが、とてもリアルなんです。
本当に苦しい恋って、ただ「嫌いになったから終わり」ではないですよね。
好きだった記憶も、傷ついた記憶も、同じ場所に残ってしまう。
だから『サイケSHOCK』の主人公は、何度も「R.I.P」と唱える。
R.I.Pは、Rest in Peace。
安らかに眠れ、という弔いのような意味だと思います。
それは相手に向けた言葉でもあり、終わった愛に向けた言葉でもあり、何より、その愛に囚われていた過去の自分に向けた言葉なのだと思います。
そして、病原体と免疫細胞の物語として読むなら、この「R.I.P」は、さらに切なく響きます。
相手を終わらせなければ、自分が壊れる。
でも相手を終わらせた瞬間、自分の中にあった愛も死んでしまう。
つまり、これは勝利ではないんです。
排除できたから終わり、ではない。
相手を壊した瞬間、自分も壊れてしまう。
そこに、この曲の痛みがあります。
3. 「なんちゃって愛」なのに「ノンフィクション」
サビで印象的なのが、
「なんちゃって愛」
という言葉です。
この言葉だけを見ると、少し軽く聞こえます。
ふざけた愛。
偽物っぽい愛。
本物ではなかったかもしれない愛。
でも、そのあとに置かれるのが、
ノンフィクションの愛、ノンフィクションの人生
という感覚です。
ここがすごく重要です。
つまり、この愛は、もしかしたら本物とは呼べなかったかもしれない。
壊れていたかもしれない。
ごっこ遊びのような、危ういものだったかもしれない。
でも、主人公にとって、それは確かに現実だった。
そして、これは病原体と免疫細胞の恋として読んでも、とても面白いです。
本来、病原体と免疫細胞は恋をする関係ではありません。
出会えば、反応する。
攻撃する。
排除しようとする。
侵食しようとする。
でも、その接触の中に、もし感情のようなものが生まれてしまったら。
それは、普通の意味では“愛”とは呼べないかもしれない。
まさに「なんちゃって愛」かもしれない。
でも、その反応は確かに起きた。
その衝撃は確かにあった。
相手を壊してしまうほど、そして自分も壊れてしまうほど、強烈だった。
だからこそ、これはノンフィクションなんです。
4. 「仮面 B-girl」に見える3XLの免疫細胞ガール
そして今回、より『3XL』の世界観とのつながりを感じさせる言葉として、どうしても触れておきたいのが、
「仮面 B-girl」
というフレーズです。
この言葉、普通に読むと、B-girlはヒップホップカルチャーにおける女性ダンサー、ブレイクダンスを踊る女性という意味で受け取ることができます。
でも、『3XL』のMV世界観と重ねると、私はここにかなり強く、
B細胞=B cell
のニュアンスを感じてしまうんです。
『3XL』のMVには、仮面をかぶったピンク衣装の女性たちが登場しますよね。
あの存在を、病原体と対峙する免疫細胞ガールとして読むなら、
「仮面 B-girl」=仮面をかぶったB細胞の女の子
というイメージが自然に浮かび上がってきます。
B細胞は、免疫の世界では、異物に対して抗体を作る側の存在です。
つまり、病原体にとっては本来、敵であり、自分を排除しようとする存在。
その“仮面 B-girl”に、病原体側の主人公が惹かれてしまったと読むと、『サイケSHOCK』の物語はさらに切なくなります。
仮面を剥がせない。
本当の顔に触れられない。
近づけば近づくほど、攻撃と防御が起きる。
それでも、どうしても惹かれてしまう。
つまり「仮面 B-girl」という一言は、
『サイケSHOCK』が単なる恋愛ソングではなく、
『3XL』の病原体と免疫細胞の世界観の中で鳴っている曲
であることを、かなり強く示しているように感じます。
B-girlというストリートカルチャーの言葉と、B cellという免疫の連想が重なって見えてくる。
この意味の揺らぎもまた、まさに“サイケ”なんですよね。
5. 「お前を殺して 俺も死んだ」の重さ
そして『サイケSHOCK』を病原体と免疫細胞のIFとして読む上で、最も重要なのがアウトロのこの感覚です。
お前を殺して
俺も死んだのさ
この部分は、かなり強烈ですよね。
普通に恋愛ソングとして読むと、相手への執着を断ち切るために、自分の中の相手を殺した。
でもその瞬間、自分も一度死んだ。
そんな風に読めます。
ただ、病原体と免疫細胞の恋として読むと、さらに意味が深くなります。
病原体は、自分が生き残るために相手を侵食しようとする。
免疫細胞は、身体を守るために相手を排除しようとする。
どちらかが勝てば、もう片方は消える。
でも、この曲では、相手を消した側も無傷ではいられないんです。
「お前を殺して、俺も死んだ」
これは、恋によって互いに破壊し合った共倒れの象徴のように響きます。
愛してはいけない相手だった。
でも愛してしまった。
排除しなければいけなかった。
でも、消した瞬間に自分も死んだ。
ここにあるのは、勝敗ではなく、共倒れです。
だから『サイケSHOCK』は、単なる失恋ソングではなく、
恋によって互いに侵食し合い、互いを破壊しながら、それでも離れられなかったLOVE
として読めるのだと思います。
6. 岸くんプロデュースとしての「激しさ」と「抜け感」
そしてこの曲を語る上で欠かせないのが、岸くんプロデュース曲としての魅力です。
インタビューでは、岸くんがこの曲の制作について、
お香を焚いて、照明を暗めにしていた
というような話をしていました。
それに対して平野くんが、
「そんな感じの曲ではないよ?」
とツッコミ、神宮寺くんも、
「激しくない?」
と驚いていたというエピソードがありました。
このやり取り、本当にNumber_iらしくて微笑ましいんですが、私はここに『サイケSHOCK』という曲の本質がかなり詰まっていると思います。
普通、お香を焚いて、照明を暗くして、静かな空間で曲を考えると聞くと、もっとチルで、メロウで、ゆったりした曲を想像しますよね。
でも、岸くんの中から出てきたのは、あの『サイケSHOCK』だった。
ギターが唸り、感情が暴れ、R.I.Pが響き、最後には輪廻転生まで突き進む曲。
このギャップが、めちゃくちゃ岸くんらしいと思うんです。
岸くんは、静かな環境にいるから静かな曲を作る人ではない。
むしろ、静かな環境に身を置くことで、自分の内側にある爆音を聴き取る人なのかもしれません。
7. MONJOEさんとの制作と“緻密な混沌”
さらに岸くんは、MONJOEさんの家に行って音を作ったこと、そして自分のやってみたいことを忠実に再現してもらったことも語っていました。
ここも大事です。
『サイケSHOCK』は、聴いた印象としてはかなり荒々しいです。
感情が爆発していて、衝動的で、ぐちゃぐちゃで、制御不能に聞こえる。
でも、実はその裏側には、かなり緻密な音作りがある。
紫耀くんが、スタジオでトラック数を確認した時に、とんでもない量だった、聞こえないトラックまで入っていた、と話していたのも印象的でした。
つまりこの曲は、ただ勢いだけで作られた曲ではないんです。
表面上は混沌。
でも、奥ではものすごく細かく設計されている。
私はこれを、
緻密な混沌
と呼びたいです。
感情は暴れている。
でも、音は細かく作り込まれている。
聴こえる音だけでなく、聴こえない音まで積み重なっている。
これは、病原体と免疫細胞の世界観にも重なるのかもしれません。
8. 『Numbers』の“Happiness”が『サイケSHOCK』で変化する
そして、どうしても入れたいポイントが、
“Happiness”という言葉
です。
『サイケSHOCK』には、終盤でhappinessを願うような表現が出てきます。
実はこの“Happiness”という言葉、『Numbers』の岸くんパートにも登場していました。
『Numbers』での岸くんパートは、夢、寿司、Peter Pan、愉快犯、そして照れ隠しのような愛情表現が連なって、最後に“Happiness”へ向かっていく流れでした。
あの“Happiness”は、すごく岸くんらしい明るさがあります。
仲間と夢に向かって飛び出していく幸福。
世界に一発食らわせるような勢い。
照れ隠しのような「愛してる」。
そして、そこにある“Happiness”。
でも『サイケSHOCK』でのhappinessは、まったく違う場所に置かれています。
有害な愛。
R.I.P。
この世とあの世。
過去との決別。
その中で、それでもhappinessを願う。
つまり同じ言葉でも、
『Numbers』では、未来へ飛び出していく幸福。
『サイケSHOCK』では、壊れた過去を弔ったあとに、それでも願う幸福。
この違いが、とても面白いんです。
神宮寺くんの『Supa Bro』が、『Numbers』にあった「AIにだってわからない感覚」を引き継いだように、岸くんもまた『Numbers』の中にあった自分の言葉、Happinessを、別の形で持ち帰っているように見えます。
9. 『HIRAKEGOMA』とつながる輪廻転生のテーマ
そして、この曲の最大の山場が、ラストに何度も繰り返される
輪廻転生
という言葉です。
ここは、Number_iの楽曲全体の世界観とつなげる上でも、非常に重要だと思います。
以前、私は『HIRAKEGOMA』の考察で、「Next door」を、新しい世界への入口、次なる転生の扉として捉えました。
その視点で見ると、『サイケSHOCK』の輪廻転生は、『HIRAKEGOMA』とは少し違う形の再生に見えてきます。
『HIRAKEGOMA』の輪廻転生は、未来へ扉を開くための転生。
過去を越えて、自分の意志で新しい世界へ進むための転生。
一方で、『サイケSHOCK』の輪廻転生は、もっと痛みを伴う転生です。
有害な愛を弔う。
過去の自分にR.I.Pを告げる。
でも、その関係は一度の死では終わらない。
相手を殺したはずなのに、自分も死んでしまう。
共倒れしたはずなのに、またどこかで出会い直してしまう。
つまり『サイケSHOCK』の輪廻転生は、
一度共倒れした二つの存在が、また別の形で出会い直してしまう宿命
のようにも聞こえるんです。
何度生まれ変わっても、また出会ってしまう。
何度終わらせても、また惹かれてしまう。
何度殺し合っても、どこかで相手を生かしてしまう。
この、愛と破壊が同時に起こる危険なループ。
それこそが、『サイケSHOCK』というタイトルに込められた“衝撃”なのではないでしょうか。
10. 『GOD_i』にも通じる“死と再生”
さらにこの輪廻転生の感覚は、『GOD_i』にもつながると思います。
『GOD_i』には、祈り、自己信仰、創世記的なイメージ、そして逆再生のような感覚がありますよね。
壊れて終わりではない。
失って終わりではない。
一度崩れた世界を、もう一度、自分の意志で作り直す。
その感覚は、『サイケSHOCK』にも確かに流れています。
R.I.Pと何度も唱えながら、
過去を葬りながら、
それでも最後には、輪廻転生という言葉で、もう一度生まれ変わろうとしている。
つまり『サイケSHOCK』は、
壊れた愛の歌であると同時に、再生の歌
なんです。
岸くんらしいのは、ここだと思います。
どれだけぐちゃぐちゃになっても、最後にはhappinessを願う。
どれだけ有害な愛でも、最後には過去にR.I.Pを告げて、生まれ変わろうとする。
この生命力が、岸優太という表現者のすごさなのではないでしょうか。
まとめ——これは岸優太が描いた“毒と再生のラブソング”
はい、ということで今回は、Number_i『サイケSHOCK』について考察してきました。
『サイケSHOCK』は、単なる激しい曲ではありません。
世界観としては、『3XL』の病原体と免疫細胞の恋を受けて、そのIF、アナザーストーリーとして、
出会ってはいけない二つの存在が、愛してはいけない相手に惹かれ、互いを壊しながら共倒れしていく物語
として読むことができます。
『HIRAKEGOMA』が、未来へ扉を開く輪廻転生だとしたら、
『サイケSHOCK』は、何度死んでもまた出会ってしまう、危険な愛の輪廻転生。
そして『サイケSHOCK』は、Number_iのLOVEの中でも、もっとも歪んでいて、もっとも痛くて、でももっとも生々しい愛の形なのかもしれません。
皆さんは、『サイケSHOCK』をどんな曲として受け取りましたか?
岸くんのプロデュース曲として、そして『3XL』の世界観の中の一曲として、ぜひコメントで感想を教えてください。
また次回も、Number_iの音楽で会いましょう。
今回も最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
