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他人の矛盾より、自分の一貫性に意識を向ける

業績停滞と、拭えない違和感

私が今いるのは20〜30人規模の会社で、正直、業績はあまり良くない。
創業から数年で業界トップクラスの成長を見せた時期があった。トレンドに乗って一気に伸びたのは確かで、その追い風を継続的な仕組みに変えられなかったのも事実だと思う。そもそも外部環境の力が大きかった以上、同じ水準を維持し続けること自体が無理筋だったのかもしれない。

それでも各チームは暗中模索しながら新しい商品を作り、ブランドマーケティングに力を入れ、販路を広げようとしている。社長ももちろん頑張っているのだと思う。ただ一方で、組織のトップとして首をかしげたくなる場面も少なくない。

たとえば、朝まで飲んで重要な会議に来ない(音信不通)ことが月に何度もあるし(なお全社的にリモートは週一のみ可)、出張をすっぽかしたことも一度や二度じゃない)一方で、社員には「ギリギリに出社するな」「電車遅延も見越して早めに来い」と全体に注意する。「その日気づいたことは日報として出すように」と求めながら、本人は最初の数回でやめてしまう。一つひとつは小さく見えても、積み重なると組織の信頼を確実に削っていく。トップの行動に矛盾があると、制度そのものへの納得感が薄れるからだ。立場が違う以上、同じ基準で運用されない部分があるのは当然だとしても、組織は理屈だけでは動かない。人は言葉そのものじゃなく、その言葉を発している人の振る舞いを見ている。

業績アップにつながる形であれば、深夜まで会食や朝までの交際も仕事のうちでいいと思う。でも実際にはそうではなく、ただ飲んで騒いで酔いつぶれてるだけに見える場面もある。私の体験したことのないような重荷やストレスの気晴らしもあるだろう。今を存分に楽しみたい気持ちも分かる。張り切っちゃう人なのも飲まされやすい人なのも分かる。社長同士で集う熱い会合で得られる知見もあるだろう。でも明け方まで社員と飲み明かして朝になっても来ずにしばらく音信不通といった事態が頻繁に起きるはいかがなものだろうか。みんなが必死に動いていて、かつ給料も伸びない中で、トップがそんな姿を見せていていいのかという不信感は、ずっとあった。

信頼を削る矛盾と、機能しない制度

個人的には好きな部分もたくさんあるし、プライベートで食事に連れて行ってもらったりと、お世話になったことは幾度もある。人間味や営業力、場を愉快にする雰囲気やエンターテイメント性など、尊敬できるところも多い。ただ、周囲に求めることを自分ではやらない状態が続けば、不満が溜まるのは当然だ。しかも私は経営企画という立場上、社内の不満や違和感がしばしば自然と耳に入ってくる。だから余計に、この種の矛盾が組織に与える負の影響を強く感じる。

日報もそうだ。各自の気づきを全体に共有し、それを相互に還元し合うことで視点を広げ、組織全体の判断精度を上げるためにルール化されたはずだ。であれば、多くの情報と意思決定を持つ社長こそ出す意味がある。社会との関わりも多いからこそ、機密に関わること以外でも気付きに溢れているだろうし、必要に応じて抽象化すれば良い。立場上の義務があるかどうかは本質ではない。出す価値がある理由があり、出さない理由がないのに出していない。その事実もまた日々静かに信頼を削る。

報酬や評価についても同じような問題がある。業績が悪いから給与は伸びず、ボーナスも少ないか、全くない人もいる。入社時には全員が対象の年2回のインセンティブ制度があったけど、今に至るまで事例はなく、実質なかったことになっている。評価制度も成立しておらず、実際の働きと報酬がきれいに連動しているとは言いがたい。私自身、今やっている業務内容に対して給与水準はかなり低いと感じている。一方で逆に実態以上にもらっている人もいると見える。少なくとも合理的に整備された状態ではない。

特に経営企画に移ってからは、「よくこの状態でここまで来たな」と思うような杜撰な実態をいくつも見てきた。社長は営業出身で、マーケターとしても優秀なのだと思う。ただ、優れたプレイヤーであることと、優れたマネージャーやリーダーであることは別の話で、そのズレはどの組織でも起こり得る。

この環境で何を取りに行くのか

そんなふうに不信感を抱くことはあっても、最近はそこに意識を向けること自体が減ってきた。理由は単純で、私はこの組織に一生いるつもりではないからだ。もちろん他の社員たちもオフィス内外での和やかな空気感も好きだし、一緒に仕事ができて楽しいけれど、それは本筋ではない。ではなぜ今ここにいるのかと考えたとき、答えはかなり明確だった。高い解像度で事業や組織の実態に触れ、上流から下流まで様々な課題に手を出し、試行錯誤しながら戦略を立て、実装していく。その経験に重い価値を見出している。

それは今の自分にとって大きい。しかもこれから自分が進みたい方向にも直結している。だから割り切れるようになってきた。社長がどうこうという話に意識を奪われるより、自分がこの環境で何を掴めるのかに集中したほうがいい。そう考えるようになった。

ただ、その手の仕事には一つ厄介な問題がある。社内の不合理を正し、業務を整理し、仕組みを整えたとしても、それが売上や利益にどう結びついたかは見えにくい。自分で案件を取ってきて「自分がこれだけ利益を作った」と言いやすい立場ではないからだ。

見えない価値を、見える形にする

以前この会社で業務委託として働いていた男性と今も交流があり、たまに話す。彼が以前いた会社にも社内課題を解決する部隊があったそうだが、しばらくして解散したらしい。理由を聞くと、彼自身は当事者ではないから断定はできないと言いつつも、「おそらく、結局会社にどんな成果をもたらしたのかが見えなかったからではないか」と言っていた。

それを聞いて、私は改善のログを残すことにした。スプレッドシートに一行ずつ、どんな課題に対して、どういうアプローチで改善し、それによってどんな定量的インパクトがあり、関係者からどんなフィードバックがあったのかを記録している。

1ヶ月半ほど前に始めたそのログは、現時点で30行以上になっている。様々なチームにヒアリングし、上流から下流まで幅広く改善を進めていると、やることはいくらでも出てくる。だからこそ優先順位をつけて、インパクト重視で取り組んでいる。データ基盤の構築、数値管理シートやダッシュボードの整備、様々な領域の業務改革・効率化、KPI設計、ツールやシステムの導入と実装と展開。そうしたものをただ「色々やりました」で終わらせず、何がどんな価値につながったのかを蓄積していくことに意味があると思ったし、その方が面白いとも感じた。

これが100行くらい溜まったら、そのシートを社長に見せて、「私はこれだけこの会社に価値をもたらしました。それをどう評価しますか」と聞くつもりだ。

その環境を自分で選び続ける、腹落ちできる理由があるか

それで給料が上がらなければ、この会社で働き続けることは自分という資源の使い方として合理的ではない。組織の業績を向上させ、基盤となる力を構築できると自信が持てるほどに成果を残し、もっと価値を正当に評価できる環境に移るべきだと判断できる状態にまで自分を持っていければ、そこで見切りをつけることにも意味があるだろう。逆に、そこで正当に認められれば、自信にもなるし、成功体験にもなる。どちらに転んでも、自分にとっては大きな糧になる。そう考えたとき、だいぶ整理がついた。

結局、意識を向けるべきは社長個人ではない。自分が何をし、どんな価値ある経験を積み、どんな成果を残すのか。その問いに対して、自分なりに答え続けることのほうがはるかに重要だ。そして、選択するのはあくまで自分だ。自分で選んでいるという事実、そして選び直すことができるという事実を忘れてはいけない。

何のためにそこにいるのか。そこで何をなすべきか。どこに意識を向けるべきか。外側の不合理に引っ張られすぎず、その軸を見失わないことが、結局いちばん大事なのだろうと思う。自分一人では整理がつかないこともあるだろうし、そういうときは社内外の誰かと壁打ちすればいい。相手はAIでもいい。それでもなお腹落ちする整理ができないなら、そのときは環境を変えるタイミングなのだと思う。

2026/04/17

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