名作The Catcher in the Rye (J.D. Salinger, 1951)を読み直して(その1)・・・Bill Gatesら著名人愛読
最も読まれている小説、感情が揺れる10代後半の青春物語、あのBill Gates氏も愛読
英語圏のみか非英語圏でも最も読まれてきたアメリカ文学の傑作の一つです。文学、映画、演劇において成長物語coming of age storyと称するジャンルに属する典型的な作品で、子供から大人になる分岐点を眼前に控えた思春期(puberty)真っ只中の主人公が、人との出会や出来事それらに対する反応を対話と独白を通し吐露します。欺瞞に満ちた大人の社会に迎合できず気が滅入り(feel depressed)、反抗しながら(rebel)自らの行く末について一時の淡い夢を描きます。同時期に現れたイギリスの「怒れる若者たち(Angry Young Men)」と称されるJohn Osbornらの小説家/劇作家とともに1950年代、1960年代、そしてそれ以降も若者文化に多大な影響を与えてきた不朽の名作です。
サリンジャーの生い立ち
J. D. Salingerは1919年New York市で生まれ、Manhattanの公立小学校、中学校、高等学校、Military Academy、そしてColumbia Universityを含む3大学に籍を置くも学位はとっていません。18才と19才の時にヨーロッパを旅行し、23才になった1942年から1946年までヨーロッパ第4歩兵部隊に所属し5つの戦線を経験したようです。既に15才になった頃からThe New YorkerやCollier'sなどの雑誌にThe Catcher in the Ryeの元原稿になるような作品を出版していたようです。The Catcher in the Ryeは、戦後1945年より1946年にかけてシリーズで書いたものを1951年に一冊にまとめて出版しましたが、主人公の反逆的、刹那的、予測不能な面に戦争体験も反映されているとも言われています。

60才以上の年配者にとっては知る人ぞ知るですが、それより若い世代の多くの人々は初めて耳にする作品名でしょう。上述したように典型的な成長物語で、思春期の高校生が1年前の出来事を回顧独白するわけですが、現在の思春期の高校生がネットで“つぶやく”のと大差ありません。昔も今も若者は“つぶやき”が好きなのです。よって難しい構文はなくいたって平易な会話調で書かれています。しかしながら、当時のハイティーンhigh teensのストリート・ランゲージstreet languageのスラング満載で、four letter wordsなど隠語の知識が必要です。主人公の気持ちを的確に反映するキーワードでもありその点厄介ですが、第1次大戦前後のHE. Hemingwayら失われた世代Lost Generationの影響を受けているのか、全体として平易な文章で綴られているので原作で読んでみたい作品です。
ストリーは単純、肝心な部分だけまとめると
17才の主人公Holden Caulfield (ホールデン=コールフィールド)はペンシルバニア州Agerstownにある全寮制Pencey Prep. Academyに通う高校生で、1年前16才のクリスマス直前の土曜日から月曜日に起きた、彼曰く、「気狂い沙汰」(madman stuff)を回顧します。Salinger自身の体験も反映されているということなので、戦前1935年頃のPennsylvania州のAgerstwonやNew York市が「気狂い沙汰」(madman stuff)が起きた背景であろうと推察されます。
Caulfield家はNew York市に居を構え、弁護士の父親、母親、兄のハリウッドに住む作家D.B.、亡くなった弟Allie、Holden、 10才の妹Phoebe、住み込みのメイド1人、そこそこの金(dough)持ち一家です。Holdenが仕送りのお金を結構気前よく使う様子から相当でしょう。
1日目土曜日はNew York市にて所属フェンシング・チームの試合に行くのですが、地下鉄内でマップを見ていたところ道具を置き忘れ、試合が出来ず学校に戻ります。マネジャー(本人は自虐的にVery Big Deal!それがどうした!)としての大失態、帰る道すがら部員から無視され続けます。学校に戻ると全校揃って恒例のフットボールの試合の応援に行くべきところ、そんな気は全く無くありません。代わって、English (日本でいう国語)以外の全科目で落第し次学期より放校が決まっており、Spencer先生に会いにくるようにと呼び出されていたのでそちらを優先しSpencer先生の家を尋ねます。挨拶もそこそこに本題の退学についての話題に移ると、退学通知は月曜日に発行され両親の手元に送られる旨のみを淡々と告げ、そのことで両親と話したかと聞かれると水曜日に帰るのでその時に話すとサラッと言うのです。
これで落第して退学放校は4度目、Penceyも他のprep校と変わらず「悪党」だらけ(Pencey was full of crooks.)人の手袋を盗むなど日常茶飯事、どうしても馴染めません。決定的な出来事は、ルームメートがその夜デート(相手は偶然2夏前に主人公の隣に住んでいたJune Gallagher!)に出かけるので自分に代わり宿題の作文を書くよう強要します。書きたいものが何ので仕方なく今は亡き最愛の弟Allieが大事にしていたグローブについて書きます。ところが、デートから帰って来たルームメイトは作文を見て感謝するどころか文句を言う始末。このいかがわしいプレイボーイがSallyとのっぴきならないことをしたのではと妄想し気を揉んでいたことも重なり一触即発、ついに出血を伴う大げんかになります。
Spencer先生は、カウンセラーの先生がよく口にする"Life is a game that one plays according to the rules."(人生とはルールに従って演じるゲームだ)に同調しながらHoldenを諭します、そんな大人のインチキ・欺瞞に満ちた世界はまっぴらごめんです。ルームメイトのように悪党のくせにそれに迎合し外面を繕って学校に居残る連中にうんざりし、次に行く学校も決めぬまま、綺麗さっぱりおさらばすることにします。
汽車でAgerstownを離れ、New York市に着くとそのままタクシーに乗ってホテルを探します。タクシーの運転手に前々から疑問に思っていた、セントラルパークの湖が凍ったらガチョウたちはどうするんだろう?という子供じみた質問をすると帰ってきたのは悪態、罵詈雑言。
ホテルに着くや、16才でありながら背が高く一際目立つ若白髪であることを逆手に取り成人を気取ってバーに忍び込み、怪しまれながらも酒を飲みタバコを吸いながら周りの大人と会話を交わします。実は隠れヘビースモーカー、それが原因で結核(T.B.)に掛かりかろうじて健康を保っています。挙句の果てにロビーで会ったヒモ(pimp)に頼んで部屋に娼婦を呼び付けますが、何もせずに話しただけ、約束の料金を払い帰したところ、ヒモが来て約束した以上の料金の支払いを強要されトラブルになります。
かくして3日間その他多くの出来事も含めて多くの人々と出会いますが、大人たちは、無礼な荒くれ者、インチキ、薄っぺらな(superficial)気取り屋 (phonies)、悪党(crooks)、変態(perverts)、同性愛者(frits)、売春婦(prostitutes)のいずれかに属し堕落した世界の象徴となります。ほんの僅かな例外はレストランで出会ったこれから教師になるという貧しい2人の修道女nunsだけです。路上に立ち献金を募るために使う古びた入れ物が彼らの飾りがない謙虚さを象徴します。施すつもりで2人の食事代を払おうとすると固辞されますがやがて受け入れて"God bless you!"と祝福し別れを告げる姿を温かく描いています。敢えて言えばもう1人気を許していたAntolini先生です。ただ、一晩泊めてもらった時の一部の経緯から微妙とされます。
合間にNew Yorkに戻っているSallyや顔見知りの同年輩の男女に電話を掛けて呼び出し会うのですが、彼がこだわり続けている物事について行けず、怒って去っていきます。彼からすれば結局大人のルールに迎合する部類に属してしまうわけです。
今やHoldenの残されたのは10歳の妹Phoebeだけ、水曜日になれば両親の家に帰るので会えるのですが、この後で明かされるように、家に帰らずに西部に行って誰も知らない所で働きながら自活しようと決断し、両親がパーティーに出払って留守をしている間隙をつき、兄 D.B.の空き部屋を占拠して寝ていたPhoebeのもとに忍び込みます。主人公Holdenが"The Catcher in the Rye"の意味を明かす最大の山場です。
The Catcher in the Ryeとは? Chapter 22 (P.179 & P.180)
Phoebeは水曜日に来るはずのHoldenに気づき妙だと思いながらも喜びます。しかし、Phoebeに放校になったことを告げると"Dady will kill you!"を連発し泣き出します。そこで学校が嫌になった理由に、世の中がいかにおかしいかを並べ立てると、Phoebeは彼の罵詈雑言に辟易として、何か良いことがなかったか教えてとせがみます。一瞬言葉に詰まるHolden。良いことが無いから退学したのですから。頭に浮かぶのは、レストランであった2人の修道女、寮の生活についていけず窓から飛び降りて(ルールに沿ってgameができずに)自殺した同級生だけです。しかしこれは良いことではありません。
話題を変えて自分が将来何になりたいかを言えばPhoebeが納得すると思って口を開きます。ここからの会話が絶妙です。
「俺、選べたら何なりたいかしっているかい?」
"You know what I'd like to be, if I had my goddamn choice?"
と問い掛け、
「知ってるだろ?誰かさが誰かさんを麦畑で捕まえるっていうあの歌。俺がなりたいのはさ…」"You know that song 'If a boy catch a body meeting comin' through the rye'? I'd like…" (註: catchはifで導かれる条件節中で仮定法現在なのでcatchesでなくて良い)
で止まります。すると、Phoebeはすかさず、
「それ違うってば '誰かさんが誰かさんと麦畑に忍び込んで会う…’だってば。詩よ、ロバート・バーンズが書いた詩よ。」"It's a body 'meet' a body coming through the rye! It's a poem. By Robert Burns."
と正します。Holdenは
「ロバート・バーンズ の詩であることぐらい知ってるよ。」 “I know it’s a poem by Robert Burns.”
と言い返したものの、この時"If a body 'meet' a body…"であることを知らなかったのです。Phoebeのような小学生でもよく口にする歌この歌の歌詞をずっと間違って覚えていたのです。
"If a body 'catch' a body"だと思っていたよ。
と、間違いを認めますが、
「ま、それはともかく」 “Anyway”
と、いとも無頓着に切り返し、自分が思い込んできた"If a body 'catch' a body coming through the rye"、すなち、“meet”を“catch”に置き換えた詩をもとに次のようなメタファを想像し、そこから将来自分がなりたい将来自分がなりたい人物像をまこと淑やかに語ります。
「こんなこと頭に描いているんだ、小さい子供たち(little kids)が広大なライ麦畑でゲームして遊んでいるのさ。何千人もの小さい子供たちさ、デカイ奴は俺1人だけ。俺はライ麦畑の先の崖っぷちに立っているのさ。俺がしなければならないことは何かわかるだろ、子供たちが崖から落ちそうになったら捕まえる(catch)ことさ。子供たちが走り回り方向を間違えたらどこからか俺が出てきて捕まえて'catch'救ってやるのさ。俺が毎日するのはただそれだけ。俺は"the catcher in the rye"になりたいのさ。変だと思うかもしれないが、俺がなりたいのはそれしかない。変だと思われるかもしれないがね。」“I keep picturing all these little kids playing some game in this big field of rye and all. Thousands of little kids, and nobody’s around-nobody big, I mean-except me. And I’m standing on the edge of some crazy cliff. What I have to do, I have to catch everybody if they start to go over the cliff- I mean if they’re running and they don’t look where they’re going I have to come out from somewhere and ‘catch’ them. That’s all I do all day. I’d just be the catcher in the rye and all. I know it’s crazy, but that’s the only thing I’d really like to be. I know it’s crazy.”
しかしながら、そうした将来人物像“the catcher”の根拠は間違って覚えていたcatchです。それがcatchではなく本来のmeetなら上述のようなメタファは成立しないのです。(その2)に続きます。


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