『スキンド・パスト(愛の皮剥ぎ)』第1話
【あらすじ】
不倫相手と肌を重ねた「面積」と「時間」の分だけ、己の本物の皮膚が自動的に剥がれ落ちる究極のナノマシン刑『ジャスティス・スキン』。どれだけ隠そうとしても、浮気をした翌朝には血と肉が剥き出しになるため一発で露見する。生き延びるには全身に包帯を巻き、「私は不倫をしました」と世間に証明しながら激痛に耐えるしかない。 第1話で描かれるのは、どこかでその現実を舐めていたサラリーマン・滝口修平。部下の女性とビジネスホテルで過ごした「40分間」の代償。それは、彼の身体と人生のすべてを文字通り「根こそぎ剥ぎ取る」戦慄のディストピアホラー、ここに開幕。
第1話:朝の宣告
1:生ぬるい夜の、微かな綻び
安物のシーツ。染み付いた煙草と芳香剤の混ざった、ビジネスホテル特有の、鼻を突く安っぽい匂い。 自動車ディーラーの営業マンとして働く滝口修平(32)は、薄暗い照明の下、激しい息遣いを繰り返していた。 腕の中にいるのは、職場の部下である若い女性。
「修平さん、奥さんにバレたらどうするんですか……?」
怯えるような、しかし歓喜に震える甘い声。 その言葉が、修平の脳のブレーキをさらに狂わせる。
「大丈夫だよ。ほんの数分、ちょっと触れ合うくらいなら、あんなナノマシン作動しやしないさ」
世間を騒がせている義務的ナノマシン刑――通称『ジャスティス・スキン』。不倫相手と「肌を重ねた」面積と時間の分だけ、己の皮膚が自動的に剥がれ落ちる絶対の刑罰。 だが、修平は心のどこかでその現実を舐め腐っていた。 自分だけはすり抜けられる。捕まるのは、要領の悪い間抜けだけ。アルコールに浸かった脳が、都合の良い万能感を生み出す。
絡み合う指。擦れ合う太もも。互いの粘つく汗。 エアコンの乾燥した冷気が、熱を持った二人の皮膚をなぞる。 行為の最中、頭の片隅に恐怖はあった。しかし、目の前の肉の快楽がそれを塗りつぶす。 互いの裸体が、直接触れ合っていた時間は、およそ40分。 それがどれほど致命的で、どれほど恐ろしい「地獄のタイマー」であるか、その時の修平はまだ、微塵も理解していなかった。
2:ベリベリ、と引き裂かれる朝
翌朝、午前6時。 遮光カーテンの隙間から差し込む、冷徹な一条の朝光。 修平は、寝室のベッドで目を覚ました。自宅。隣には、何も知らずに眠る妻・美咲の寝息。
「……あ?」
異変。 寝返りを打とうとした瞬間、パジャマの生地が肌にべっとりと張り付いているような、奇妙な違和感。 次の瞬間、全身の肉の裏側から、何万本もの微細な剃刀が一斉に突き破ってくるような、未体験の激痛。
「が、あ、ああっ!?」
悲鳴。ベッドから床へと転がり落ちる修平。 床に衝突した衝撃が、彼の真皮を激しく揺さぶる。
――ベリ、ベリベリベリベリッ。
耳障りな、湿った布を引き裂くような、悍ましい肉の断裂音。 修平が恐怖に目を見開いて自分の腕を見ると、衣服の摩擦に合わせるようにして、前腕の皮膚が勝手に浮き上がり、ペリペリと音を立てて 剥がれ落ちていく のが見えた。
「嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ!」
慌ててパジャマのボタンを外そうとするが、震える指先が触れるたびに、触れた場所の皮膚が消しゴムのカスのようによじれ、ボロボロと崩れ落ちる。 鏡の前に這いつくばり、姿を映した修平は、声にならない絶叫を上げた。
昨夜、部下の身体と密着していた胸、腹、太もも、そして両腕。全体の約4割の皮膚が、まるで熟しすぎた果実の皮のように、ベリベリと自動的に剥がれ落ちていた。 剥がれた跡に現れたのは、どす黒い赤肉の塊。白く光る脂肪組織。そして、じわじわと溢れ出る大量の鮮血。
これが『スキンド・パスト』。 言い訳も、隠蔽も、一切を許さない、絶対正義の告発。
3:崩壊する仮面
「あなた、どうしたの……?」
不審な悲鳴を聞きつけた妻の美咲が、ドアを開けて部屋に入ってきた。 修平は反射的に、ベッドのシーツを体に巻き付け、剥き出しの生肉を隠そうとした。しかし、その必死の動作が、さらなる地獄を呼ぶ。シーツの繊維が、まだ繋がっていた皮膚を容赦なく巻き込んで、一気に剥ぎ取る。
――ベリリッ!!
「ぎゃあああああああッ!!」 「いやあああッ!?」
寝室に響き渡る、二つの悲鳴。 美咲の目の前に現れたのは、血塗れの、人間の形をした、ただの「肉塊」だった。
美咲は最初、何が起きたのか分からず、呆然と立ち尽くしていた。しかし、テレビのニュースで連日報道されているあの凄惨な映像、そして、目の前の夫の無残な姿が頭の中で結びついた瞬間、彼女の瞳から、一切の感情が消え失せた。 冷たい、氷のような静寂。
「……そう。あなた、やったのね」
「違う、美咲、これは、事故で、何かのバグで……!」 修平は床に血の海を広げながら、涙と鼻水にまみれて懇願した。だが、ナノマシンは嘘をつかない。この剥き出しの赤肉の面積こそが、彼が別の女と濃厚に肌を重ねた時間の長さを、完璧に証明している。
美咲は冷徹な目で修平を見下ろし、一枚の紙と、救急箱から取り出した大量の包帯を床に投げつけた。 紙は、離婚届。
「寂しかったとか、ストレスがあったとか、そんな言い訳、絶対に許さない。嫌なら、裏切る前に私と別れたらよかったじゃない。救急車は呼ばないわ。死にたくないなら、自分でその薄汚い体に包帯でも巻きなさい」
美咲は荷物をまとめ、その日のうちに、二度と戻らない家を出て行った。
4:後日談・包帯の檻を歩く
一週間後。 じりじりと照りつける太陽の下、街の雑踏の中に、全身を白い包帯でミイラのようにぐるぐる巻きにした男の姿。滝口修平。
ナノマシンによって剥がされた皮膚は、数ヶ月の間、決して再生しない。生き延びるためには、毎日、激痛に 絶叫しながら、生肉に直接包帯を巻き直すしかなかった。少しでも動けば包帯に血と体液が滲み、周囲に異臭を放つ。
すれ違う人々が、一斉に修平を避けていく。 彼らの目は、哀れみではない。軽蔑と、嫌悪の目。
「見て、あの包帯……」 「うわ、何分肌を重ねたらあんな風になるのよ。最低。自業自得ね」
生きたまま皮膚を剥がされ、全身で「私は不倫をしました」と証明しながら、激痛の中で生きる。社会的な死と、肉体的な地獄。 修平は包帯の隙間から漏れる血を拭うこともできず、ただ下を向いて歩き続けるしかなかった。 世の中のすべての「裏切り者」たちに、等しく用意されているこの地獄の底を。
※現実の世界を生きるあなたへ※
もし、今これを読んでいるあなたが「夫婦関係が冷え切っていて寂しかったから」「一時の魔が差しただけだから」と、自分の不倫に都合の良い言い訳を用意しているなら。
その汚い口を、今すぐ閉じなさい。
された側のパートナーの恨みは、あなたが考えているよりも遥かに深く、黒い。「寂しい」なんてものは裏切りの免罪符にはならない。そんなに今の生活が嫌なら、コソコソと泥棒のように他人の肌を貪る前に、正々堂々と別れたらいいだけの話だ。それをせず、都合よく快楽だけを盗もうとするから、あなたは軽蔑されるのだ。
現実の日本の法律は、不倫に対してあまりにも生ぬるい。 せいぜい数百万円の「慰謝料」を払い、離婚するだけで済む。肉体的な痛みなど一つもなく、ほとぼりが冷めれば、また平然と新しい皮膚をまとって、何食わぬ顔で生きていける。だからあなたたちは舐めている。
だが、もし。 この世界が『スキンド・パスト』の社会だったら、あなたはどうする?
今夜、あなたが愛撫し、重ね合わせ、快楽を貪ったその皮膚は、明日、綺麗にベリベリと剥がれ落ちる。 翌朝、あなたの家族の前に現れるのは、血と脂にまみれた、醜いあなたの「生肉」だ。
次にあなたが誰かの肌に触れようとするとき。 その指先が、明日の朝、激痛とともにあなたの人生を根こそぎ剥ぎ取る絶対の罠であることを、どうか忘れないでほしい。
(第1話・完)
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