2024.08.23〜25 キーウへの旅
2024年夏、戦時下のウクライナを訪れることにした。この夏しか行くタイミングはないと思ったからである。2018年ごろから行くタイミングを狙っていたが、コロナ禍とロシアによる軍事侵攻で行くに行けない情勢が続いていた。2年が経ち戦況は膠着状態、世界情勢が大きく変わるのもきっとアメリカ大統領選の後だろう。今がチャンスと踏んだ。
このnoteでは主に撮影記録を投稿しているが、今回は「行くまで」もコンテンツになると思い、まずはキーウに着くまでの道のりを記すことにする。

色と形がほぼ民兵
QR807 NRT2230→DOH0405
QR259 DOH0835→WAW1330

2024年8月23日の仕事終わり、新千歳から成田に飛び旅は始まる。国際線の広い窓口を見ると旅の高揚感が出てくるものだ。窓口に並び特に問題なくチェックイン。ここまではよくある海外旅行と変わらない。

今回は往復ともカタール航空。成田→ドーハ→ワルシャワと飛び、ワルシャワから陸路でキーウを目指す。ウクライナは空域閉鎖状態で旅客機は飛ばない。隣国から陸路で入るしか道はない。
ワルシャワまでは往復21万円。公式よりHISのが安かったのでそちらを使った。公式と使い勝手は大差ない。

ドーハまでは11時間半。友人と海外に行ってばかりでひとりの長時間フライトは初めて。寝て起きて飯食って、寝て起きて映画見るしかやることはない。結果的にはなぜか1時間巻きでドーハに着いたものの、乗り継ぎ時間が増えるだけなので素直に喜べない。高温多湿の日本から、高温乾燥の砂漠に降り立った。




ドーハ空港に来るのは2回目。とはいえ前回はラウンジに籠っていたのでちゃんと空港内を散策するのは初めて。デカすぎるスケールと、高すぎる物価に驚きつつ、無料給水器の水だけで飛行機を待つ。空港内にある森はかなり自由な空間で、その辺で寝てても良いらしい。治安もそんなに悪くなさそうなので1時間くらい横になって寝た。目が覚めたら景色が森で、死んだのかと思った。

ワルシャワ便の時間になった。沖留めのためバス移動。砂漠の熱線が暑す……もはや熱すぎる。今度は6時間ほどの移動だが、昼に差し掛かるため寝るに寝にくい時間。なんだかんだ時間を潰し、30分巻きの24日13時に着陸。3回目のワルシャワ・ショパン空港で、入国手続きを終えた。
ワルシャワ

わかるようでよくわからん

行き先がZONE1なのかがずっと謎のまま
ショパン空港からは鉄道でワルシャワ東駅に出る。市街地の中心ではないが、キーウエクスプレスの始発駅が東駅。ひとまず向かってしまう。空港とは思えない貧弱な切符売り場(3基しか券売機がない)と、微妙によくわからん案内を並んでる客全員で解読(全員が「自信はないがたぶんそう」と頷くタイミングがあった)し、乗車。東側によくある車内でチケットに打刻する方式だ。20分ほどで東駅に着いた。




東駅から徒歩15分ほどのところにネオンミュージアムという博物館を見つけた。ネオン看板に特化した施設とのこと。大荷物で歩くには少し暑すぎるが、中はかなり充実した展示。広く捉えれば「広告博物館」なのだろうが、ネオンという切り口は汐留電通の博物館にもなかったはず。面白い視点を得ることができた。



扇風機と1杯の水では拭えない汗がある
駅に戻り、晩飯を食べることにした。キーウエクスプレスは食事が出るわけではない。今のうちに食っておく必要がある。駅前の「8番ホーム」という飯屋に入ってみた。駅が7番ホームまでなのでその続きという意味だろう。店内が暑い以外は良い店で、現地っぽい飯をそれなりの値段で食べられた。知識がないのでポーランド料理っぽいのか違うのかはよくわからんが、腹が膨れて美味けりゃなんでもいい。
キーウエクスプレス
ワルシャワ東駅1751→キーウ中央駅1213



これは国内便で途中で切り離される
駅近くのスーパーで軽食と水を買い込み、いざホームへ。扉の前に車掌が立ち、チケットとパスポートを確認される。Kyivまで17時間半の長旅となる夜行列車に乗り込んだ。今回は3段寝台の下段。Polrail ServiceというポーランドのJTBみたいなサイトで予約した。1万7000円くらい。これが2段寝台や個室になるともっと高くなる。知らないウクライナ人のおじさん2人と相部屋だった。まあ知ってるウクライナ人のおじさんなんていないわけだが。

右の黒い板が中段ベッド


ウクライナ人のおじさん2人は片方はロシア語しか話せないドネツク出身の人。職場がロシア軍に焼かれたらしい。もう1人は英語もできたので時折通訳してもらいながら会話した。僕の英語もかなり怪しいものだが。とはいえ大半は2人でロシア語で話していたため、何言ってるのかさっぱりだった。異国って難しいねえ。


車内はかなりエアコンの効きが悪い。走行中以外は空調は止まるし、停車時間の数分で走行中に冷やした分はチャラになる。とにかく暑い。デッキに出て風を感じる人や、パンイチでドア全開で寝てる人などさまざまだった。日が沈むまで暑さは解消されなかった。

この机の台を開けると洗面台もある

シーツ、枕カバー、タオルが入っていた


21時を過ぎ、そろそろ寝ませんかムードになってきた。中段と上段を組み立てながら、「like submarine」とつぶやくおじさん。見たことないけど確かに潜水艦っぽいね。マットレスにシーツを掛けて寝床完成。まあ普通に寝られる。中段上段のおじさんたちの奮闘を見つつ、下段で良かったなぁと思った。

21時41分、Dorohusk駅に着いた。ここがポーランドの出国駅になる。役人が乗り込んできて、一部屋ずつ確認しその場で出国スタンプを押していく。全員の出国スタンプが押され、22時56分に発車。15分ほど走り、時刻が1時間進んだキーウ時間の0時11分、Yahodyn駅に到着しウクライナの入国審査を受ける。といっても入国審査官が全員分のパスポートを回収し、事務所で全員分のスタンプを押してから返すだけ。何の問答もなかった。拍子抜けするほどすんなりと入国することができてしまった。
この駅では客車の台車を履き替える。ポーランドは標準軌(1435mm)、ウクライナは広軌(1520mm)で直通できないからだ。客車ごとジャッキで持ち上げて台車を載せ替える力技。これを毎列車やってるんだからすごいものだ。

相部屋のおじさんも買っていて分けてもらったからだ
サワークリームオニオンは東側でも大人気

入国後はすっかり眠ってしまい、気づけば朝。キーウ駅は目の前まで迫っていた。あんなに暑かった車内もすっかり適温となり快適。走りながらもわかる快晴に心躍らせる。列車は定刻通りの25日12時13分、ウクライナの首都キーウに到着した。


キーウ駅には出迎えの人もたくさんいた。一人一人に再会の物語があるのだろう。せっかくなのでホーム端まで行きウクライナ国鉄の牽引釜を撮影。重連型でかなりの馬力がありそうだ。
こうして入国したウクライナ。この晴れを使わない手はない。キーウ市内で目論んでいた撮影地へと急ぐことにした。
